第28話
分隊長やクルウが一号室を出ていくと、ワレスはため息をついた。
(なぜだ? おれが媒体になったのなら、もっとも伝染しやすいこの部屋の人間が一人も症状を表さないというのは? クロウズなんて、おれと廊下ですれちがうこともあるかどうか……それともこの病気にかかりやすい条件でもあるのか?)
クロウズは先月、入隊した。つまり、ほかの古参の兵士より、緊張の度合いが強い。そういう心理的な要因で疲労がたまっていたのだろうか?
(いや、それなら、入ったばかりのセザールがいるな。ミレインだって、死体を見て青い顔をしていたから、かなりストレスをためてるはずだ)
考えていると、出ていった分隊長たちが顔色を変えて戻ってくる。
「小隊長! 二人やられてる」
「おれの隊は三人だ」
「うちは全員無事」
「ワレス隊長! たいへんです。ラグナが——」
けっきょく、第一分隊で一名、第二で三名、第三のアビウス隊で一名、第四で二名の合計七名が謎の眠り病にかかっていた。
「あき部屋の四号室を片づけ、そこに病人を集める。第五分隊で片づけ。ほかの隊は病人を運ぶ手はずをしろ。それから、ハシェド。このことを中隊長に報告してくれ」
ふたたび、分隊長が出ていくのと入れかわりに、クルウがネイフィをつれてきた。フードを外したネイフィの
「おまえは無事だったのだな」
「文書室で異常はありません。小隊長の隊では、アレが起こったのですね」
「残念ながら」
おかしい。空気感染なら、司書たちのあいだでも、なんらかの異変はあるはずだ。
「いや、それとも、司書たちは日ごろから薬草を常食しているせいか? そのなかのいずれかが予防に役立っているのかもしれない」
だとしたら、その薬草を特定できれば、この事件は解決する。
ネイフィはうなずいた。
「血液検査の結果、今のところ病原菌は見つかっていません。眠りをひきおこす類似の感染性の病気はなく、脳に障害があるとこうなるらしいです。が、それだと、大勢がいっせいに倒れるはずありませんし」
「つまり、これが病気なら、まだ人類が発見していない未知の病か」
「そうなりますね」
ワレスは思いだした。
「おれは昨日、サムウェイに会ったんだ。もし、おれがなんらかの媒体となっているのなら、サムウェイの隊でもこれが起こっているはず。だが、彼の隊で異変がなければ、原因はまったく別のところにあるのだろう」
そこへ、ひょっこり顔を出したのはユージイだ。さっきからの人の出入りでワレスの部屋は扉があけっぱなしになっていた。ワレスの声を小耳にはさんでやっきたのだ。
「サムウェイ小隊長のとこなら、おれが行こうか?」
ユージイはもと正規隊。それも、サムウェイの部下だった。性格があわなくて傭兵に移ったものの、やはり以前の隊長が心配なのだ。ユージイはなかなか機転がきくので、これから教えこめば隊長になれる器だ。
「ああ。頼む」
あわただしくユージイが階段をおりていくと、ネイフィが口をひらいた。
「では、ワレス小隊長。私は近衛隊を見てきます。あちらがどうなったかも気になりますので。もしも、あちらの容体が急変していたら、また連絡にまいります」
ネイフィは立ち去ろうとして、そこで思いだしたふうに足をとめる。
「未知の病気かどうかわかりませんが、強い感染症なら予断をゆるしません。司書長の判断で、司書がつねに患者を見ていることになりました。近衛隊にはさきに先輩がむかったのですが、いずれ、こちらにも、ロンド先輩が……」
「ちょっと待て。話はわかる。が、なんで、ロンドなんだ? おまえでいいじゃないか?」
「すみません。あの人をとめられるのは司書長だけです」
「じゃあ、司書長がとめてくれなかったんだな?」
「ロンド先輩の腕なら、病人の看病に支障はないだろうと……」
「わかった……」
ネイフィが去るころには、東の内塔ぜんたいがざわめきに包まれていた。報告を聞いて、ギデオンが中隊の被害を集計し始めたのだ。どうも外から聞こえる会話では、ワレスの隊以外でも、いくらか被害が出ているようだ。
(やはり、おれのせいか?)
しかし、本丸から帰ってきたユージイの報告は意外なものだった。
「サムウェイ小隊をふくむ中隊には、今朝になっても病人は出ていません」
ならば、ワレスを介して病気がひろまったわけではない。
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