第27話
*
ワレスは悲鳴をあげてとびおきた。肉のこげる匂い。愛しい人たちの焼けただれていく顔。叫び声の合唱が耳について離れない。涙を流しながら、自分の寝台のなかで丸くなった。
部下たちが起きだして、誰かがかけよってくる。
「隊長! どうしたんですか?」
ハシェドの美しいおもてが、そこにあった。炎に焼かれたはずのエキゾチックな面差しが、心配げにのぞきこんでくる。ワレスは思わず、ハシェドにしがみついた。
「夢……」
「夢?」
「答えをまちがえた」
「なんの答えですか?」
「愛の……」
問われるまま答えながら、涙がおさまるにつれて、だんだん現実との焦点があってくる。ようやく、自分がかなり盛大に寝ぼけてしまったことに気づく。まわりを見れば、クルウやセザールもめんくらっている。
「あっ……夢、か」
「目がさめたみたいですね」
言われて、自分がまだハシェドの両肩をにぎりしめていると悟った。あわてて、つきはなす。
「なんでもない。ちょっと夢見が悪かっただけだ」
乱暴に涙をぬぐって、ワレスはベッドをとびおりた。寝汗をかいた服を着替える。なんだか夢の幻影が、まだ目の前にちらつく。奇妙な朝だ。
(きっと、おれの頭がどうかしたと思われたぞ。ハシェドやクルウはともかく、セザールやミレインは)
と、考えて、さきほどミレインの顔はなかったと思いいたる。ふりかえってみると、ミレインのサンダルはまだ寝台の下にある。あれだけさわいだのに、めざめないというのか?
ワレスは自分の顔から血の気がひくのがわかった。
「ミレインを早く起こせ」
命じたものの、ハシェドは身分を考えたのかためらった。もどかしくなって、ワレスは自分でベッドのハシゴをのぼっていく。二段ベッドの上段で、ミレインは無防備な寝顔を見せている。やはり、昨日の眠り病だろうか?
「ミレイン卿」
ゆすると、ミレインが首にかけた首飾りがかすかな音を立てた。砂銀石に神聖語を刻んだ、これまたひじょうに高価な品だ。遺跡から出てきそうな古いデザイン。いったい、いくつ家宝を持ってきているのか。
考えているうちに、ミレインは目をあけた。心配しすぎだったらしい。
(なんだ。眠り病ではなかったのか)
ホッとしていると、ミレインはワレスを見てつぶやいた。
「今日は現れなかったな。小隊長」
ワレス同様、寝ぼけている。気になったので、たずねてみた。
「あなたの夢にですか?」
「当然だろう」と言ってから、やっとミレインの頭は覚醒したらしい。言いわけがましく、つけたす。
「別に好んで見たわけじゃないぞ。不可抗力だ」
やはり、そうなのだろうか? ミレインの夢と自分の夢はつながっている……?
「マレーヌを探していましたね」
「なぜ、それを……」
ミレインもハッとしている。さらにくわしく聞こうとしたとき、急に廊下のほうがあわただしくなった。
「ワレス小隊長!」
かけこんできたのは、第三分隊のアビウス隊長だ。
「小隊長! クロウズのようすがおかしい」
「先月入ってきた兵士か。おかしいというと?」
聞く前から予想はついていた。思ったとおり、アビウスの答えは、「ゆすっても、たたいても、起きてこない」というものだった。
(おれが媒介になったのか?)
急いでアビウスについていった。彼らの宿舎に入ると、ひとめでわかった。詳細に確認するまでもなく、昨日の近衛隊の兵士と同じだ。ワレスの同室者にはいなかったが、小隊のなかに被害が出た。
「ほかに異常のあるやつはいないのか?」
「おれの隊はクロウズだけだ」
「とりあえず、今のところ対処法がない。新手の病気らしいのだが、何もわかっていないんだ。ほかの部屋も調べてから、一室に移動させるなり、対処を決める」
「了解」
アビウス分隊長の部屋を出ると、昨日にひきつづき本日もまた分隊長たちを集めなければならなかった。
「ワレス小隊の分隊長たち、一号室に集合だ」
声をはりあげると、バタバタと扉がひらき、分隊長たちが顔を出す。アビウスをのぞく三人を、ワレスは自室へつれていった。
「……たく、今日はなんだよ? また誰か死んだのか?」
文句を言ったのは、ガース分隊長だ。六海州の男が多い傭兵部隊の隊長なので、みんな気が荒い。
「現在、奇妙な眠り病が流行しつつある。ふつうに寝ているだけに見えるが、どうやっても起きてこない。アビウス分隊で、これが一名出た。それぞれの隊に異常がないか、ただちに調べろ。ハシェド、おまえも第一分隊のようすを見てこい」
「はい。隊長」
「クルウ、おまえはおれの代わりに文書室へ行ってくれ。ネイフィがこの病について調べている。彼自身が無事かどうかもふくめ、報告がほしい」
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