第24話

 *



 自室を出てきたワレスだが、第一の目的はハシェドの目から逃がれることだった。が、すぐ帰るわけにもいかないので、てきとうに言いわけしたサムウェイをおとずれてみようと決める。

 第四大隊、第四中隊、第五小隊の隊長サムウェイは、あいかわらず、鳶色の髪をひとすじの乱れもなくなでつけ、すきのない身だしなみだ。ワレスを見ると、潔癖そうな顔に渋い表情が浮かぶ。


「これから弓矢の訓練があるのだが」


 あからさまに迷惑げな口ぶりがおかしくて、ワレスは少し人心地がついた。同時にいつものように、からかいたくなる。


「逃げることはないじゃないか? 大事な親友の身は安全か、せっかく見にきてやったのに」


 ますますサムウェイの顔は渋くなった。


「私は忙しいのだ。おまえの冗談口につきあっているヒマはない」


 本丸にあるサムウェイの部屋は多くの書類や、手入れのゆきとどいた武器が整然とならぶ。いかにも軍人らしい。ムダなものはいっさいない。


「おれを追いだしたがるということは、おまえの隊に異常はないのだな」


 サムウェイの眉がピクリと動く。


「なんの異常だ?」


 こういう男だから、サムウェイの口はかたい。彼から情報がもれる心配はなかった。


「兵が動揺するといけないので、これはまだ極秘だが」と、前置きして話すワレスの言葉を、サムウェイは黙って聞いている。やがて、話が終わると、

「今朝の中隊定例会でも、そんな話は出なかった」

「正規隊では毎朝、定例の会議なんてあるのか? まったく、やってられないな」


 サムウェイは苦笑した。

「おまえの気質にはあうまい。異常の有無を報告しあうだけだ。さあ、もう用はすんだろう。私は訓練に行かなければ」

 またもや、追いだしにかかる。


「わかった。わかった。何もないとわかればいいんだ。そんなにイヤなら出てってやるさ」


 すると、今度は自分の態度を反省したようで、サムウェイがひきとめた。

「ワレス小隊長。先日の皇都から来た役人だが」

「ああ。おれの過去をかぎまわっているんだろう?」

「そうか。知っているならいいが、彼には気をつけろ」

「心配してくれて、ありがとうよ」


 からかうように言うと、しかつめらしい表情のまま、サムウェイは赤くなった。


「心配したわけではない。ただ私の推測では、彼は……」


 サムウェイが言いかけたとき、扉の外で声がした。


「サムウェイ小隊長。コルトであります。次の訓練について聞きにまいりました」


 なつかしい声だ。以前、本丸変死事件のときに知りあった。


「コルトか。ひさしぶりだな。元気にしていたか?」


 扉をあけると、若々しいコルトが満面の笑顔でワレスを見つめる。


「はいっ! おかげさまで健康であります。ワレス小隊長にはたいへんお世話になっておきながら、あいさつにも行かず——」

「気にするな。サムウェイに用なのだろう? おれはもう帰るから。ではな、サムウェイ」


 コルトの肩をたたいて廊下へ出る。扉を閉める瞬間、なぜか、サムウェイは苦笑いしていた。

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