五章

第22話



 詰所と同じく、すごしやすそうな寝室だ。内塔の十人部屋よりせまいが、ベッドの数が半分の二つだ。そのぶん広く使える。ベッドは三段。壁にそって置かれている。出入り口に近い場所にはひきだしつきの机と、細長いクローゼットまであった。机の上も床もキレイに掃除され、布団はひんぱんに虫干しされるらしく、清潔な日向の匂いがする。


 傭兵は掃除したがらないので、内塔の床はどこも砂利だらけだ。もし前任のコリガン中隊長が作ってくれた三月に一度の大掃除の日がなければ、もっとヒドイありさまになっていただろう。くらべると嘆息を禁じえない。


「これが平の兵士の寝室なら、隊長のあんたのところは、どんなだろう?」

「大差はない。そんなことに特権を使っても意味があるまい」

「おぼっちゃんの言いそうなことだ」


 ワレスは眠っている兵士を見た。六つある寝具のうち四つまでが使われている。


「病人は四人か?」


 病人という言いかたは正しくなかったかもしれない。たしかに、ワレスが見ても、ただ眠っているというだけで、どこにも異常はなかったからだ。脈も安定しているし、呼吸も規則的だ。ときおり寝返りを打ったり、寝言さえつぶやく。眠りとしては浅いらしい。夢でも見ているのか。その状態で起きないのだから、ふつうではない。


「これは私の隊の兵士だ。第二、第三もほぼ同数の犠牲者が……」


 犠牲者と無意識に言って、アトラーは自分で動揺している。


「いや、病人がな。階の違う四階にはいない。総数は十三人」

「十三は多いじゃないか? 病気だとしたら、かなりタチが悪いぞ」

「ハッキリ言うのだな。これまで、こんな状況は一度もなかった。近衛隊ではほとんど死傷者が出た経験がないのだ。おまえは笑うかもしれないが、じつのところ、まったく手も足も出ない」

「一室に集めておいたのは正解だな。あとは病気の特定は魔術師に任せ、あんたのやることは、この四人の共通点の調査だ。昨夜に食べたもの、行動、習慣。変わったことがなかったか。あるいは出身地。もしかしたら、何年も潜伏期間のある病気かもしれない」

「では、やはり病気だろうか?」

「今のところは、そうとでも考えるよりないな。五階でしか被害が出ないのも、いかにも病気らしい。魔術師が来ればハッキリするだろう」


 ところが、魔術師が来ても、原因は判明しなかった。


「触診しただけではわかりかねます。血液検査をすれば、もっとくわしくわかるでしょう」


 そう言って、灰色の制服を着た司書が、眠っている兵士の手のひらにナイフをすべらせたので、ワレスはギョッとした。赤い血がすじになってこぼれる。魔法使いはその血をガラスの小瓶に入れた。


「おい。血液でうつる病気だったらどうするんだ? 空気感染なら、おれもアトラーもすでにうつってる可能性があるのはやむをえない。が、むやみに傷つけて、おまえまで病気になったら?」


 フードをかぶっていても、司書がかなり狼狽したのが見てとれた。


「ああ……そうですね。不注意でした」

「ロンドは昨日、転送の術だとか言って、手をふれずに血をとっていたが」


 司書はだいぶ落ちこんでいる。声からすると、ワレスの知らない魔法使いだ。もっとも、ワレスの知己ちきはロンドと司書長のダグラム、ジュール・ドゥールの三人だけだ。


「白状しますと、まだ司書になってまもないのです。近衛隊で病気だと聞いたので、ふつうの風邪だろうくらいに思って、私が……申しわけありません」


 責めてもしょうがない。ワレスは肩をすくめた。


「まあ、こうなれば、ここにいる全員は一蓮托生いちれんたくしょうだな。明日になって体に異常をきたしたら、やはり、なんらかの感染する病気だ」


 ワレス自身は平気だったが、アトラーや魔法使いは元気がない。魔法使いをつれてきた近衛兵士など、入口に立ったまま卒倒しそうに青ざめている。


「おまえの名前を聞いておこう。新米魔法使い。できれば顔も見せてくれ」

「ネイフィと申します。じつは先月、ワレス小隊長とは一度お会いしております。小隊長はおぼえていらっしゃらないでしょうが、裏庭でスノウンさんに紹介されて」


 ネイフィはかぶっていたフードをとった。きわめて平凡な……いや、美形の多いユイラ人にしては、あきらかにやや劣る造りだ。こぢんまりした上向きの鼻に、目立つ前歯。ビーズ玉みたいな丸い黒い目も小動物っぽい。ビューティーではないが、親しみの持てる顔立ちだ。


「あのときのか。わかった。ネイフィ。明日、おまえの身に変化がないか、おれ自身か、使いをよこしてたしかめる。そのときまでには血液の検査を終わらせておけよ」

「ありがとうございます。ワレス小隊長」


 一蓮托生と言われたことに救われたようで、ネイフィは感激して去っていった。

 アトラーも感心している。


「下に人望があるのがなぜなのか、わかったような気がする」

「別にふつうだろ」

「おまえの外国人の下士官も、ずいぶん、おまえを慕っていたな」

「外国人……ハシェドのことか。言っておくが、あいつはユイラ人だぞ。母親はブラゴール人だが」

「混血か。どおりで」

「どおりで?」


 ワレスは一瞬、目を細めた。アトラーは不思議そうな顔だ。なぜ、ワレスの気配が、とつぜんするどくなったのかわからない、というように。


「いや、どおりでユイラ語が達者だと思ったのだが……それが何か?」


 ワレスは失笑した。


「なるほどね。さすがは筋金入りのおぼっちゃまの親衛隊だ」


 わけがわからないふうのアトラーに手をふって、ワレスは本丸を去った。

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