第21話



 アトラーが二人を紹介する。

「第二隊長ラメイル殿と、第三隊長のクライスだ。五階には我々だけだ。第四隊以降は四階に兵舎があり、そちらを守っている」


 近衛隊の編成は正規隊、傭兵部隊とは異なり、一隊五十人ずつの六隊だ。

 ワレスはアトラー以外の隊長とは初顔あわせだ。アトラーの紹介のしかたからして、年配のほうがラメイル、若いほうがクライスに違いない。


「両名、こちらがウワサのワレス小隊長だ」


 年配のほうはワレスを見て「うむ」とうなずいただけだった。若いほうにいたっては、ジロジロ見るばかりで口もきかない。まだほんとに若い。十代ではないかと思う。

 二人は長椅子にすわり、まわりに数名の兵士が立っている。大事な話しあいの最中のようだ。


「重大な事件が起きたのだな?」

 二人の……とくに若いほうの態度のお返しに、ワレスも彼らを無視して、アトラーにたずねた。アトラーは苦笑している。彼も最初はワレスとだったからだ。


「じつは今朝になって、近衛隊の兵士が何人も眠ったまま、めざめないのだ。ふつうではないので対処に困っている」

「病気ではないのか?」

「むろん、そう思って、魔法使いを呼びにやらせた。しかし、一人二人ではないのだ。第一、高熱などの症状があるわけではない。どうにもおかしいので、こうして話しあっていた」


 それはたしかに妙だ。


「身体的に異常はないのに起きないというのか。いったい、何人だ? 隊長が集まって話しあうくらいだから、近衛隊全体の問題なんだろう?」


 アトラーは凛々しい眉をギュッとよせた。こんなときだが、アトラーはたしかに男前だが、騎士らしい騎士という印象ではクルウのほうが勝っている、と、ワレスは考える。


「やはり、察しがいいな。たったこれだけで、そこまで理解してしまう。閣下が側近に求められるはずだ」

「その話は断った」

「だが、騎士の身分までは断らなかった」

「……」


 ワレスは先月、裏庭の変死事件を解決した功績を認められ、コーマ伯爵に仕える騎士の位をさずかった。

 ユイラ皇国では騎士には四つの種類がある。上から神聖騎士、正騎士、騎士、准騎士だ。

 なかでも神聖騎士は別格で、まだユイラが一つの国ではなかったころ、列強を従え、治めた初代皇帝につきしたがった十二人の騎士を神格化した呼び名だった。その後、世襲制になったが、今では皇族に次ぐ大貴族の家系となっている。


 ワレスがもらったのは、上になんの飾りもついていない『騎士』だ。これはワレス個人に対する位なので、世襲はされない。コーマ伯爵のお抱えの兵だという印みたいなものである。なので、伯爵のもとを離れると消滅する。ボイクド砦で中隊長以上なら、たいてい騎士か准騎士はもらっているはずだ。


 これが『正騎士』になるとだいぶ違い、コーマ伯爵の騎士であることを皇帝が認めた存在になる。国家としての騎士なので、コーマ伯爵のもとを去っても称号は残るし、世襲もゆるされる。貴族の一員になるわけだ。アトラーや、代々アルメラ大公家の騎士だったというクルウは、この正騎士なのだ。


 正騎士になると、自身の城を持ち、領地を得て、貴族の暮らしをする者も多い。その城を守る兵士も出てくる。騎士に仕える騎士だ。正式には、騎士の主君がそれを認めると准騎士と呼ばれる。ワレスの場合なら「ハシェドをおれ専用の兵士にしていいですか?」と聞き、コーマ伯爵が「かまわんとも」と言えば、ハシェドはワレスの准騎士になる。

 今のところ、それをする気はないが、正騎士ほどではなくても、騎士の位があれば砦の昇格には物を言う。そんな打算もあって、伯爵がくれると言ったものを素直に受けとったのだ。


「なるほど。もともと正騎士のあんたたちには、それが気に入らないのか。だがな、おれは働きに見あったものをもらっただけだ。それだけのことはしている」


 アトラーは顔をしかめた。


「おまえの有能ぶりは私も認めている。伯爵を全力で救ってくれたのも事実だしな。だが、言葉はもう少しひかえてくれ。おまえの口に宿るほど、心に毒はまわっていないと、私は知っているが」

「……」


 ひさしぶりに聞いた貴族的な言いまわしに、ワレスは毒気をぬかれた。しかたなく、肩をすくめる。


「眠ったままの兵士のようすを見てみたい」

「レナードに案内させよう」


 かたわらの部下にアトラーは声をかける。が、思うところあって、ワレスはさえぎった。


「いや。おれのために時間をさいてもかまわなければ、少しのあいだ、あんたにつきあってもらいたい」


 アトラーが答える前に、少年隊長が口を出した。

「行くことはありません。兄上。こっちだって忙しいのに」

 アトラーはかるく少年をたしなめる。

「クライス。ワレス小隊長の協力は必要だ。何事もなくめざめてくれればいいが、このままだと我々にはなすすべがない」

 不満げな少年隊長を残し、アトラーは部屋を出た。

「すまない。クライスは若いので、おまえに対抗心を燃やしているのだ」

「いちいち気にしちゃいない。しかし、兄上だって? あんたの弟か?」

「妻の弟だ。同じ主君に仕える騎士の家柄で婚姻をかわすことは、よくある」

「あの二人も国内から伯爵についてきたのだな。にしても、あんたが結婚していたとは初耳だ」


 ロンドやエミールがさぞ悔しがるだろう。


「ところで、なぜ私をつれだした?」


 廊下を歩きながら話していた。あたりに人影はない。


「ミレイン卿というのは、どういう人物だ? 伯爵の知りあいのようだが?」


 ずっとコーマ伯爵に仕えていたのなら、若様の交友関係くらい知っているだろう。あのお人よしの伯爵だから、視察に来たというミレインの言葉を鵜呑みにしている可能性がある。臣下の目から見れば、あるじとはまた別の側面が見えているに違いない。


 アトラーは率直に答えた。


「かたい人物だな。かたよった思想をお持ちなので、若君のご友人には望ましからぬと、かねてより思っていた。現に伯爵家が不遇になってからは、文の一つもなかった。彼の弟君マレーヌさまはお心のあたたかい、素直なおかただったが」


 ドキリとした。

 マレーヌ——その名はたしかに聞いた。昨夜、夢のなかで。


(弟のマレーヌを探していると、ミレインは言っていた)


 ぐうぜんで、こんなことがあるだろうか? 自分も知らない事実を夢で見るなんて。


「マレーヌというかたが閣下のご学友なのだな?」

「亡くなられたがな」


 アトラーはなにげなく言ったが、その言葉はふたたび、ワレスに衝撃をあたえる。


(亡くなった……死んだ少年を追って? なんだか似たシチュエーションだな。昨日のおれとミレインの夢)


 まさか、それで夢がリンクしたわけではあるまい?

 一瞬浮かんだ考えを、ワレスは笑った。


「ここだ。うつる病だといけないので、眠ったままの兵士たちを運んで、まとめてある」


 廊下のはずれの部屋。

 アトラーに言われて、ワレスはそこへ入った。

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