第4話
翌朝、明るくなって、同室者たちが目をさますころには、ワレスはいつもどおりにふるまっていた。しいて記憶の古傷にふれないようにして。
「ワレス小隊長。城内を案内してくれないか」
ワレスが寝汗をかいた服を着替えていると、ミレインが言いだした。
昨夜の口論はなんとも思っていないのだろうか? しかし、いちおう希望の形ではあるが、その表情は、自分の要望なら通ってあたりまえだと思っている貴族特有のものだ。
ワレスは彼をじろりとにみつける。
まったく、いつまで砦にいる気か知らないが、こんな男をひきつれていないとならないとは気が滅入る。
「かまいませんが、この時間なら傭兵の多くは休憩時間。兵隊の勤務態度をごらんになりたいなら、正規隊を見てはいかがです? 個人的に知っている隊長が何人かおります。紹介しますが?」
やっかいばらいしたくて申しでると、ミレインは考えこんだ。
「その隊長は?」
「第四大隊のサムウェイ小隊長。第一大隊のマニウス小隊長など」
「広く知人がいるのだな」
「以前かかわった事件で顔をあわせたからです。とくに親しいわけではない。で、いかがです?」
「紹介してもらおう」
「では、朝食のあとに」
ワレスはぬいだ服をクルウに手渡した。
「新人の監督はおまえに任すぞ。クルウ」
「洗濯の監督ですね」
クルウが言ったので、ワレスは笑った。
アブセスは自ら進んで、ワレスの服を洗濯したり、ベッドのシーツをとりかえてくれた。いなくなって初めて、その大切さを痛感したわけだが、気の荒い傭兵で、ほかにそんな雑事をこなしてくれる者はいない。と言って、クルウはれっきとした騎士の出自だ。小間使いのマネはさせられない。ハシェドにやらせるには……あまりに恥ずかしい。いくらなんでも、片想いの相手に自分の下着を洗わせる根性は、厚顔無恥のワレスにもなかった。
アブセスのかわりになるのは、彼のしてくれていた
「兄が傭兵でした。先日、砦を辞めて帰ってきたのですが、ワレス小隊長の話をくりかえししてくれました。あなたの部下になれるなら、喜んでなんでもします」
いならぶ入隊希望者のなかから、そう言って声をかけてきたのは、セザールのほうだ。
「おまえの兄の名は、まさかアブセスというのではないだろうな?」
それにしては、セザールのほうが年上に見える。ワレスと同じくらいだろう。
「アブセスですか? どこかで聞いたような」
「おまえの出身は? 国境の町か?」
「そうです。もしや、アブセスさんとは同じ町なのかもしれませんね。どこですか?」
「ペレトの町の若葉屋だと言っていたな」
こうと聞いて、セザールは喜んだ。
「若葉屋なら知っています。私もよく行くんですよ。ああ。そう言えば、出征した息子さんが戻ってくると言ってました」
「おまえはその代わりとして、おれの雑用をやってもらうが、それでもいいか?」
「もちろんです」
おとなしそうなユイラ人の希望者は、傭兵には少ない。おまけにアブセスの同郷というので、いっぺんに親近感がわいた。契約成立だ。
まあ、クルウは機転がきくので、監督を任せておけば、ほっといても問題はあるまい。
ワレスのほうは、いやいやながら、ミレインをつれて食堂へ行った。
「わーい。隊長。いらっしゃーい」
食堂へ入ると、給仕のエミールがいつものように、ワレスの首にしがみついてくる。秋口とは言え、まだ残暑。暑いのか、燃える赤毛を女のように結いあげている。それだけのことが、ひどく倒錯的だ。
「今日は一段と色っぽいな」
「そう思うなら、ベッドに呼んで」
「今は客がいる」
ミレインは絶句している。
エミールはベビーブルーと若草、左右の色の違う瞳で、じっとミレインをにらんだ。
「誰さ。これ」
「おいおい。次期侯爵さまに、なんて口のききかただ? 皇都の役人だぞ。砦の兵士の暮らしぶりが見たいのだそうだ」
「ふうん。で、なんで、あんたがつれてるわけ?」
「伯爵閣下のご命令だ」
「おぼっちゃまにしてやられたね」
自分の独白と同じセリフをエミールが言ったので、ワレスは失笑をこらえるのに苦労した。
「無礼を言うな。手打ちにされるぞ」
「というと、あのハンサムな隊長にかな?」
エミールが言うのは、近衛隊のアトラーだろう。胸板の厚い美丈夫だ。
ワレスは顔をしかめた。
「なぜ知ってるんだ」
「ふうんだ。あんたの部屋に入るヤツは、チェックしてるんだよ。浮気したらゆるさないから」
「わかった。わかった」
「それにしても、あの隊長、ハンサムだよねぇ。たくましいし、モノも立派そう」
「おまえ……だんだん、ロンドに似てくるな」
ワレスがため息をついたので、エミールはこわばった。
「ああ、ごめん。ごめん。おれのこと、あきれないで。下品は嫌いだったね。おれはあんたのほうが好き」
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