第5話



 エミールがギャアギャア言いだしたので、ワレスは無視して食卓についた。

 細長い木のテーブルが何列もならんだ食堂。

 ワレスが席についても、まだミレインはつっ立っている。器用に三人ぶんの食事を一人で運んできたハシェドが、食器を卓上に置くと、ようやく、ミレインは口をひらいた。


「さっきのは、いったい……」


 以前、コーマ伯爵もたいそうカルチャーショックを受けていたので、この手のお坊ちゃんに場末の娼婦みたいなエミールは、そうとう衝撃のようだ。皇都では貴婦人か身のまわりに仕える侍女くらいしか女というもの(エミールは少年だが区分は同じ)知らないだろうから、いたしかたあるまい。


「以前、私の部下だったエミールです。今は見てのとおり、食堂の給仕係ですが」

「ああ、なるほど」


 めんどうなので、ワレスは簡潔に説明したのだが、せっかくミレインが納得してくれたのに、おかわり用の水差しを持ってきたエミールが、いらないことを言ってくれる。


「兼、小隊長の恋人」


 ワレスがにらむと、すすうっと去っていく。

 同性愛はユイラ人ならめずらしくもないが、ミレインはおおげさに深刻な顔をしていた。


「ほんとなのか? 小隊長」


 ワレスは肩をすくめる。

「恋人というよりは愛人でしょう。食事が冷めますよ。卿」


 だが、ミレインはしつこい。

「小隊長は同性愛嗜好なのか?」

「皇都育ちのわりに、かたくるしいのですね。全寮制の騎士学校では、クラスメイトとこっそりキスしたり、上級生から恋文をもらったりしたでしょう?」


 ミレインは首をふった。彼の学校の思い出は、ワレスとはだいぶ異なるらしい。


「おや、そうですか。みんな一度くらい、そうした経験をしているのだと思った」


 ミレインはなぜか気分を害したようだ。なんだか知らないがムッとしている。


「とにかく、ここは男だらけの砦ですから。個人的な趣味がどうこうじゃないのですよ。おわかりですか?」

「……」


 ミレインは黙った。が、納得したというよりは、ほかのことを考えているみたいだ。


「小隊長は皇都の学校にいたのか?」

「ええ、まあ」

「では、騎士の素養はあるわけか。どおりで、たった三月で小隊長に」

「私の経歴に興味がおありですか?」


 たずねると、ミレインはあわてた。

「いや、ランディが自慢していたからだ。彼は心底、そなたに心酔している。ウンザリするほど聞かされた」

「……」


 なんとなく、怪しい。


「まあ、私に格別の関心がないかぎり、個人的趣味まで穿鑿せんさくしないでいただきたい。おれが誰と寝たって、あなたがヤキモチで寝られなくなるわけじゃないでしょう?」


 こういう言いかたは、ひねくれ者のワレスらしい冗談だ。親しいハシェドはすぐに解してふきだした。が、ミレインは無表情なまま、また黙りこんでしまった。どうも、やりにくい。


「わかりました。あなたはきっと、サムウェイ小隊長と気があうでしょう。あいつはいまだに、おれがジョークを言うと、ひたいに青すじ立てるのですよ」


 ハシェドはついに声をあげて笑いだした。

「あれは隊長が悪いですよ。サムウェイ小隊長は生真面目なかたなんですから。隊長みたいに真顔で冗談を言えば、本気にします。それをあんなふうにからかって」

「だって、あいつ、あの顔で『おまえのことも嫌いではないが』なんて言うんだぞ? だから、『おれも愛してるよ』と言ってやったんだ。あのときのあいつの顔。ケッサクだったな」

「ヒドイなぁ。サムウェイ小隊長にできうるかぎりの譲歩だったでしょうに」


 ハシェドと肩をたたきあって笑っていると、ミレインがぼそりともらした。

「仲がよいのだな」


 急に気まずくなって、ワレスたちは笑いやんだ。

 誰にもこの想いを悟られてはいけない。

 ワレスから愛する人を奪っていく死神が、いつ、どこで見ているかわからない。相思相愛だからこそ、ちょっとした仕草や、かわしあう視線にも、とくべつな色がまじりあう。

 もう誰も死なせてはならない。ワレスの運命の餌食にはさせない。

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