第2話
*
「本日より、わが隊であずかることになった皇都の役人、カーク・ル・ミレイン卿だ。次期侯爵なのだそうた。くれぐれも応対には心をくばるように」
東の内塔の兵舎に帰ると、同室の部下ハシェド、クルウ、それに今日から入隊したばかりのセザールにむかって、ワレスは言った。
「次期侯爵ですか。なぜまた、そんな身分のかたが我々の隊に?」
当惑するハシェドに、ワレスは説明する。が、そのあいだにも自身、ため息が出る。
「砦の視察においでなのだそうだ。伯爵にぜひにと頼まれたのでな」
しかたなくという言葉は、言外に伝わったようだ。大きく、うなずいている。
「では、ふつつかながら、同室させていただきます。ワレス小隊、第一分隊長のハシェドであります。なにとぞ、よろしくお願いいたします」
ワレスを虜にする明るい笑顔で、ハシェドかあいさつする。
ワレスがひそかに想う恋人。
ハシェドもワレスを想ってくれているが、自分の気持ちを打ちあけるわけにはいかない。ワレスの愛した人は、必ず死んでしまうから……。
幼いころからの宿命。
おかしい、何かが変だと思いながらすごした少年期。十代のなかばには、ハッキリと自覚した。
ワレスの愛した人たちは、ワレスが愛したというただそれだけの理由で、理不尽にも死んでいくのだと。
なぜそうなるのか、以前はわからなかった。理解したのは、つい最近だ。
この運命はワレスのミラーアイズと関係している。砦に来てから、あるいはそうではないかと疑ってはいたが、先月の事件で確信した。
—— 始まりの時を見つけるのだ。時間を超えていけ。
あの言葉は忌まわしい黒魔術師の口から語られた。が、しかし、でたらめとは思えない。あれが真実であるからこそ、あのとき、あの瞬間、ワレスを誘惑するもっとも効果的な言葉だったのだ。
(おれの運命の始まり……)
愛する人が死んでいく運命を変える方法があるのかもしれない。
それは悲しい別れを前提にしたワレスの恋に、ひとすじの希望の光をなげかけた。この運命を変えられるなら、どんな犠牲を払ってもいい。その方法が知りたい。魔法でしか解けない呪いだとでもいうなら、いっそ魔法使いにでもなろうかと、このごろ、ワレスは真剣に悩んでいた。
ただ一つ
ワレスに残酷な別れをもたらす運命の正体が、人身では受けとめきれないほどの災厄なのだとしたら……そう想うと、真実を知ることに、ためらいをおぼえる。
(スノウンは、いつか、この運命が、おれの身にとんでもない事態を起こすと言った。だが、くじけるなと。つまり、愛した人たちを殺してしまう今のこの状態でさえ、まだ本番じゃないって意味だ)
自分で言うのもなんだが、ワレスは他人の一生ぶんの苦労を人生の最初の十数年で、充分すぎるほどに味わった。これ以上にヒドイ現実なんて、考えられないほど。これでもまだ運命は全容を見せていないというのなら、いったい、真の運命はどれほど苛酷だというのか。知るのが怖い。
ワレスは優柔不断ではないが、それで魔法使いになるのに二の足をふんでいるというのが実情だ。
ハシェドもワレスに、なんらかの事情があると知っている。ワレスがわけを告げられるまで待っていてくれている。
だからだろうか。近ごろ、無言でかわしあう笑みのなかに、なんとなく二人だけに通じるサインみたいなものを感じるのは。
心はすでにつながれている——そう思う。
今回、アブセスのかわりを求めたのは、むしろ、そのせいだ。
アブセスがいなくなり、四人部屋が三人になった。ハシェドとは相愛だし、クルウとはウッカリとではあったが、一度は肌をかわした。三人で一室にいるのは、どうにもぐあいが悪い。これはいわゆる三角関係だ。
一度はユージイを部屋に入れてみたものの、彼はアブセスと違って勘がいい。まもなく変な空気に気づいたので、あわてて追いだした。
それで、ちょっとニブそうなふんいきがアブセスに似ているセザールを見つけて入隊させたのだ。しかし、予想外の客をあずかるとわかっていれば、今回はやめていたのだが。なにしろ、ミレインはいかにも気疲れさせてくれそうな貴族の御曹司だ。
さっそく彼は、ハシェドが満面の笑顔でさしだした手をとらなかった。
ハシェドはブラゴール人とのハーフだ。ユイラと敵対関係にある国の血をひくと、ひとめでわかる褐色の肌。ミレインはさしだされた手をいちべつして顔をそむけた。これは、ワレスを敵にまわす行為だ。
(そうだろうと思ったよ。あんたは横柄でワガママな能なしの貴族なんだろ?)
ワレスはあきらめたような顔をしているハシェドの肩を、そっとたたいた。
「気にするな」
耳元でささやくと、ハシェドは笑う。
「別に気にしてませんよ」
あいさつの途中でナイショ話をしたのが気にくわなかったのか、ミレインもムッとした。
「失礼じゃないのか? 小隊長」
ワレスはウンザリしながらふりかえる。
「初めに言っておきますよ。あなたはたしかに貴族だが、そんなものは
「な——」
ミレインの白いおもてが、カッと赤くなる。
ワレスはあとの文句を言わせない。
「ここでは私の指揮に従ってもらう。また、私の部下の言葉も、私同様に聞いてもらう。でなければ、さっきも言ったとおり、あなたの命の保証はできない。あなたは砦じゃ、生まれたての赤ん坊みたいなものなんだ」
わなわな唇をふるわせて、ミレインは両手をにぎりしめる。
ハシェドがワレスの腕をひっぱって首をふった。
いけませんよ、隊長。いつもの調子でやっちゃ——と、その目が言っていた。
もっとも、ミレインのようすを見れば、もう遅いことはわかったが。
ワレスは肩をすくめる。
「とにかく、ミレイン卿。皇都のご自身の城のようにはいかないとご留意ください。よろしいですね?」
無礼者と怒鳴りだすかと思ったが、意外にもミレインは自制した。
「よかろう」
だが、その目には「今に見ていろ」というふくみがあるのを、ワレスは見逃さなかった。
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