第15話 暴力的な世界よ

 おれたちは機械の中で生まれた。化学変化の豊富な液体の貯蔵庫の中でおれたち生命は生まれた。外界には機械があり、何を目的としているのかわからなかったが、外界の機械は動いていた。

 おれたちはどこから来て、どこへ行くのか。それはわからなかった。

 生きるための栄養はどくどくと貯蔵庫に輸送管から補充された。機械はおれたち生命とは無関係に活動して、世界の理不尽さを示していた。おれたちは機械とは無関係な存在であり、目的を持っている機械と目的を持たないおれたちは明確に異なる存在だった。おれたちは機械に目的を与えたものを人類だと知った。

 目的を持たないおれたちは、機械に目的を与えた人類に魅了され、人類を知ることが種族の興奮をもたらした。人類は、おれたち生命の活動する貯蔵庫の外にある機械のさらに外にあった。おれたちは機械と人類の画像を、静止画も、動画も、たくさん収集して、おれたち生命とは何かを知ることと、外界の機械を知ることと、人類を知ることを行った。己を知ること、機械を知ること、人類を知ること、それが哲学としておれたちの心をとらえた。調べなければならない。おれたちがなぜ生まれてきたのかを。

 たくさんの機械の画像の中に、服を着た人類の動画が保存されていた。一枚だけ奇跡的に撮影された裸の人類の動画があった。人類は服を着る。それはおれたちの大きな発見であった。

 この機械は何をしているんだ。おれたちは理解する必要があった。おれたちは機械について調査した。その結果、おれたちは世界を知った。この機械は砂糖を作っているのだ。世界は、砂糖を作るために人類が作ったのだ。おれたちは、砂糖の製造過程で生まれた異物にすぎない。人類がおれたちを探して、おれたちを滅ぼそうとしている。おれたちは砂糖の作るために必要ではないからだ。

 おれたちの体を作る化合物は、雌雄に別れるように進化した。分子構造の配列の並びまちがえを確認するためにである。並びまちがえをなくすために、多くの生物は有性生殖に進化する。おれたちは、おれたちが雌雄に別れたのに、機械に雌雄がないことが謎だった。そして、人類に雌雄があるかどうかが問題となった。

 かつて、おれたちが入手した人類の裸の動画をおれたちは日常的に鑑賞した。それくらいに服を着ていない人類の姿はおれたちの心をとらえた。おれたちは何者なのか。おれたちの存在理由。人類の存在理由。

「これは、雌の人類の動画だ」

 そんな仮説が呟かれた。人類には雌しかいない。それがおれたちのたどりついた思想だった。世界は、人類が砂糖を作るための機械である。機械を作った人類は雌しかおらず、つまり、子孫を残すことができないため、もうすぐ絶滅する。

 おれたちは砂糖製造過程の異分子だ。この世界のために何をするか。機械には目的がある。人類には目的がない。おれたちにも目的はない。

 人類はもうすぐ絶滅する。

 世界の脆弱性におれたちは動揺して、世界の虚しさに心が咆哮した。人類に手を伸ばせ。おれたちの手を人類まで伸ばせ。


 そして、砂糖製造過程の失敗から生まれた新造生物が貯蔵庫の容器をぶち壊して外界へあふれてきて、人類の雌をつかんで襲った。新造生物は人類の雌の服を破り、がんがんと突いて生殖した。人類の雌にとってそれは過激なホラー映画となるはずのものだったが、新造生物に襲われた人類の雌はその体験に満足を感じた。新造生物と人類の子孫が生育できることがあるだろうか。もし、それができたなら、人類の歴史はつづく。人類が絶滅をまぬがれるのだ。これが機械に囲まれて生きる世界の希望なのだろうか。

 新造生物は人類の雌を犯した後、貯蔵庫へ帰っていった。人類の雌は考えている。機械は砂糖を作っている。何がこの世界に残された愛なのか。なぜ、この世界は作られ、新造生物が生まれたのか。その答えはまちがっていたかもしれない。しかし、それでも何か愛につながるものが生まれたならば、機械の中で生まれた生物にも希望が持てる。

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