第11話 仮想現実体験履歴
ネフタクルは、IT企業ギジアナに勤めていた。正社員である。就職の条件にサイバー犯罪を行わないことが明記されていた。企業はサイバー犯罪を行った社員の雇用契約を打ち切ることができる。
ギジアナの社内では、マンマシンインターフェイスが生身の感覚器に上位互換して感覚を与える技術が実現していることが企業秘密になっていた。ネフタクルはその開発に関わっていた。
ネフタクルは社員寮に住んで会社で働いていた。
ネフタクルはある時、仮想現実課の配属になった。今まで開発に関わっていた自社製の仮想現実をより接近した環境で扱えることになり、ネフタクルは意気込んだ。ネフタクルはまだ自分では仮想現実を体験したことがない。社内の仮想現実がどの程度の精度で完成しているのかはわからない。ネフタクルはそれを知らないのだ。
ネフタクルは仮想現実課に行くと、同僚に仮想現実を体験する気があるか質問された。ネフタクルは明確な目的は見い出せなかったものの体験することに同意した。マンマシンインターフェイスは、ひとつの部屋を単位に行われる。部屋の中にいる人物を機械が読み取り、マンマシンインターフェイスを機械が構築する。視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚がデジタル機器によって室内の人物に対して構築される。
仮想現実を体験する前に、それを構築している機械を見学させられた。とても重要なことなのだという。現実感喪失は時として大きな心的外傷を残し、被験者に投げやり衝動や自殺衝動を発生させることがある。
どんな仮想現実が好みか質問され、
「きれいな裸のお姉さんたちと一緒に世界中のIT企業を遠隔通信によって征圧して遊びまくるような人生がいい。」
そう答えた。
ネフタクルは仮想現実を体験できる部屋に入ると、その部屋の机の上に設置された端末を起動した。
「利用環境を合法的にしますか、非合法的にしますか」
と最初の画面にあり、ネフタクルは合法的を選んだ。出社中の会社の端末だ。非合法的は選べない。
「端末の利用により、あなたに十万の活動資金が振り込まれました。活動資金を資産運用する投資先を選んでください」
と促され、ネフタクルはITセキュリティ企業に投資した。ITセキュリティ企業はこれから確実に成長するとネフタクルは考えていた。
そして、部屋のドアが開き、きれいなお姉さんが裸で入ってきた。
「これで仮想体験は終わりよ。あなたはよくやったわ」
裸のお姉さんがいう。ネフタクルはこのお姉さんが生身なのか、それとも仮想現実の幻影なのか、判断を迷ったが、勢いに任せて抱きしめた。これが仮想現実だとすると、かなり恥ずかしいことになるぞ、とネフタクルは思ったものの、裸のお姉さんの刺激に引き寄せられ、ベッドへ誘った。
興奮する情事が終わり、部屋から出ると、社内から男の社員は消えていて、裸の女性社員ばかりが勤務していた。部屋の外は仮想現実を構築できないはずだけどなあ、とネフタクルは不思議に思ったが、裸のお姉さんたちとこれから仕事をするのにためらいはなかった。
「初めて仮想現実を体験した感想はどう?」
と裸の女の人に質問され、
「最高だよ」
と答えた。きっとこれも仮想現実だ。ネフタクルはそう考えて、二人目の裸の女性社員に迫った。女の人に机に手をつけてもらって、後ろからがんがんと突いた。
午後五時になり、社員寮に帰って眠った。裸の女の人が歩いている企業内が恋しく、ひとり寂しい社員寮にいると、悲しくなってきた。この社員寮も仮想現実だろうか。いったい初めての仮想現実への没入からどれだけの時間がたったのだろうか。明日も会社に行く。これから何が起きるのかネフタクルには想像もつかない。ネフタクルの行動を、社員のみんなが仮想現実の外から笑いながら見ているのだろうか。そんなことを考えたが、疲れていたのかすぐに眠ってしまった。
翌日、時間通りに出社した。会社の中は裸の女の人でいっぱいだった。ネフタクルは、個人認証の閲覧画面を整理して、どの階級権限が裸の女の人の画像を見ることができるのかを設定していた。いつ完成するかもわからない仕事だ。休憩時には女の社員と行為に及んだ。裸の女の人がたくさん働いているのだから、これはそういうことをしろというサーヴィスなのだろう。ネフタクルも裸で働くようになった。
一ヵ月、楽しく働いていると、フロアリーダーへの出世があった。ネフタクルの技能は優秀だと審査されたのだ。
ネフタクルは、仮想現実の感覚刺激を開発していた。部下の女が仮想現実を体験する場面に出くわした。あの仮想現実の部屋に入っていった女に裸のネフタクルが訪れ、関係を持った。この女の仮想現実はいつから始まったのだろう。ネフタクルが気付かないだけで、この女は仮想現実など体験していなくて、ただ部屋に入ってきた裸のネフタクルと関係を持っただけなのかもしれない。しかし、ネフタクルの気分は最高だった。
ネフタクルは、仮想現実の部屋のデータ容量を調べ始めた。自分が今でも仮想現実の中にいるのではないかと気にかかっていた。自分の体験しているはずの仮想現実がそのハードウェアのデータ容量を超えていれば、自分の体験は仮想現実ではないことになる。しかし、データ容量の数値は、読み取ることのできない壊れた数字で画面に出力されて、確かめることができなかった。
ネフタクルの快進撃が始まった。IT企業でいくつもの成果をあげ、天才ビジネスマンといわれるようになった。ネフタクルの考えたソフトウェアが国際的な標準商品になった。社内の裸の女たちはネフタクルに尊敬のまなざしを送り、何度も体の関係を持った。
ネフタクルの投資したITセキュリティ会社は大きく成長して、ネフタクルの10万は2000万になっていた。企業を見抜く目もあると評判を呼び、ネフタクルはいい気分だった。
ネフタクルは人生を楽しんでいた。いつ仮想現実が終わるのか。まわりの社員は仮想現実の中のネフタクルを見てどれだけ笑っているのか。
これが現実の人生である可能性があるのか。会社で、ネフタクルが仮想現実の部屋から出るまでにすべての男性社員が姿を消し、女性社員がみんな裸で働くようになるということはありえるのか。ネフタクルが本当に天才ビジネスマンになった可能性がありえるのだろうか。
ネフタクルは考えた。おそらく、社内に仮想現実の部屋はたくさんある。社員が知らず知らずのうちに見知らぬ仮想現実の部屋に入り、生身の感覚器に上位互換するマンマシンインターフェイスによって仮想現実を体験している。自分の人生のどこが仮想現実で、どこが現実の体験だったのか。それを調べるには、膨大な量の仮想現実体験履歴を調べなければならない。
IT企業ギジアナの提供する仮想現実が都市にあふれ出していく。仮想現実の部屋は社内だけでなく、都市のあちこちに作られる。
仮想現実の提供する快楽が大きく現実を超越した場合、仮想現実は歓迎されるべき商品になるだろうか。
ネフタクルは、社内のあちこちに作られた仮想現実の部屋で何度も仮想現実を体験していた。裸の女と一緒に、自分の仮想現実体験履歴を確認する。自分の人生の何が現実で、何が仮想現実だったのか。
最初に仮想現実の部屋に入った時に出会った裸の女は現実だった。その後、部屋の外にいた大勢の裸の女たちは現実だった。机に手をつけさせて、後ろからがんがん突いた女は現実だった。ギジアナの裸の女たちは現実だった。天才ビジネスマンになったのも現実だった。いくつかの裸の女との体験は仮想現実だった。自分がいつどれくらい仮想現実を体験していたのかははっきりしなかった。長い休暇をとって、自分の仮想現実体験履歴を確かめるのも面白い暇つぶしさ。
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