第10話 巨大貝
最初、それが見つかった時は二メートルくらいだった。日本の海岸に棲んでいた。巻貝の突然変異体であり、一匹しかいなかった。孤独な巨大奇形種の巨大貝だ。海辺の町の住民がそれを発見して、物珍し気に観察していた。なんで、こんなに大きな貝に成長したんだろう。それは人類にはわからない謎だった。
巨大貝は、少しずつ大きく成長していき、徐々に三メートル、四メートル、数週間後には十メートルの大きさになった。何を食べて成長しているんだろうか。それは目撃者たちの疑問だった。効率よく藻類を食べているのだろうか。それとも、もっとぜんぜん関係ない栄養源を食べているのか。
土だ。巨大貝は土を食べている。土を食べることに成功して、土を食べて成長できるようになった巻貝の突然変異体なのだ。
巨大貝は、名古屋の修験者の知るところとなり、修験者がからくり仕掛けの宝貝(パオペイ)を作るために研究を始めた。この巨大貝を利用すれば、どんな宝貝が作れるかわからない。巨大貝は可能性に満ちていた。
巨大貝はさらにどんどん成長した。百メートル、千メートル、一万メートルの巨大な体に成長していった。土を食べることができるようになった巻貝の暴走的成長である。
生物学者の女たちが巨大貝を見に来て、大笑いしていた。
「これは、きっと軟体生物による人新世への反抗だね。地上や海を人類から取り戻すために、軟体生物が人類に勝負を挑んできたんだよ」
生物学者の女が述べる。近所の男たちは、巨大貝の怪奇に冗談を飛ばし合うことしかできなかった。巨大貝を魔道具に利用しようとしている修験者は、じっと巨大貝の観察をつづけていた。
「どこまで大きくなるんだよ、これ」
巨大貝の成長が危険視されるようになってきて、人々はだんだん不安になってきた。生物学者は人新世への反抗だといっているのだ。
海底の土や砂を食べて成長する巨大貝は、さらに体長が十キロメートル、百キロメートルに成長して、人々を驚かせた。人を襲うことはないが、このまでは、人の居住区が占領されてしまう。海に巨大貝が成長するのもまずく、港湾施設の利用に支障をきたす。
人類は慎重な対策会議を開き、巨大貝は軟体生物の王である貝類が人類にたいして本気で怒りを示したその表れであるということを合意した。
やがて、一体の巨大貝が日本列島を覆いつくし、太平洋に広がり、そのまま、オーストラリアや南北アメリカ大陸を占領するだろうという予測が公開された。
巨大貝に対して戦争を行うか議論が始まり、開戦派は例によって何も考えていない連中であった。
「巨大な巻貝は平和の象徴だ」
と主張する謎の政治活動家が現れ、世界中で軟体生物の王との交渉をどのように行うべきか激論が戦わされた。
巨大貝は土と砂を食べて、千キロメートル、一万キロメートルに成長して、地球の表層に曲面的に広がり、軟体生物の領土を示した。
日本はすでに壊滅していた。巨大貝は中国やロシアの方向へも成長して、寒さにも強いことを示した。
人類は驕り高ぶっていた。人類は万物の霊長などではなく、軟体動物の本気には勝てないような種族だったのだと誰が見ても明らかだった。
日本の女の生物学者はまだ生きていて、
「これから巨大貝を料理して食べることになったら、どれだけの時間の食料が供給されるのかを考えるべきだ」
とかそんなたわごとをいっていた。彼女が、巨大貝が人類に勝負を挑んだ軟体生物の王であると最初に指摘した人物だったことをみんなが覚えていた。
ああ、巨大貝は人類に何を歌うのだろうか。潮を吹きながら、巨大貝は時々、歌を歌っている。
巨大貝に占領された地域では、生物の食物連鎖の生態系がすっかり変わってしまっている。
巨大貝は、その後、人類の軍隊を撃退して、数万年間の軟体動物の時代を築く礎となった。
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