第4話 バータム
人類より賢い生物種が地球表層に存在したかどうか。これは、多くの動物学者を悩ませる問題だろう。人類が地球表層で最も賢い知性体なのかどうか。ハチやアリ、イルカやゾウなどの動物は強い社会性を持ち、高い知性を持つことで知られる。ネコやイヌだって充分に賢い。
強いということは、長期間幸せでいられることであり、そのためには、攻撃力より防御力が重要である。防御力を高めるには、生物は簡単に壊れる多細胞生物であるから、打たれ強いことより、隠れることが上手なことの方が重要である。隠れるのが巧みな生物が強いということになる。
人類が地球表層に繫栄して、人新世を迎えた二十一世紀。人類は、動物とたいして変わらなかった中世の時代から、産業革命を起こしてからのわずか220年間で地球表層の覇者となった。古代中世程度の賢者は、人類以外の動物種にもいくらでもいたのだろうと推測される。
つまり、二十一世紀において、賢い生物とは、人類から隠れるのが得意な生物であるという評価項目は、短期的には重要な価値を持つ。
地球表層において、最も賢い生物種であるバータムは、地球表層で最も隠れるのが上手だ。あまりにも上手に隠れるので、人類に発見されたことがいまだにない。バータムは水に似ている。人類は水とバータムを区別することができない。バータムは肉食動物である。水に似て移動し、さまざまな獲物を捕食して生きる。
人類は古代からバータムを発見することができなかった。人類は、泉のように踊るバータムを讃えて眺めていたこともある。それでも、その泉がバータムだとは気付かなかった。川遊びでバータムに仲間が捕食されても、水難事故でおぼれたと勘ちがいして、人類はバータムを発見しなかった。
バータムは、海を泳ぐこともできる。海水にまぎれたら、もう人類はバータムと海水の区別を付けることはまったくできない。
そこまで、バータムは隠れるのがうまい。つまり、防御力が高く、つまり、強い。つまり、幸せを邪魔されることがない。
バータムに比べて、人類は隠れるのがとても下手なのに、なぜそこまで強いのか。おれには、バータムより人類の強さの方が不思議だ。人類は武器によって大きな敵対動物を倒し、薬物によって小さな敵対動物を倒した。そして、人類は敵対動物の侵入できない巣を、どんな小さな動物でも侵入できないくらいに細やかに囲っている。
二十一世紀に人類は地球表層の覇者になったため、バータムに狙われている。バータムが人類を襲い出す。人類は水と思われるものに食われ、水と思われるものに殺される。これからおそらく水難事故が増えるだろう。人類の都市で、水遊びがおそらく流行る。その後で惨劇が起こる。
水が飛び、水が散る。陸上で水が不思議な動きをする。水がくっついては別れ、別れてはくっつく。
人類の死に絶えた後に、陸上に『踊る水』が残るだろう。それがバータムなのだ。人類は、二十一世紀を生きのびられるだろうか。
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