瞬怪異景標本集

よく眠る君に誘われて

　寝不足が続き通勤途中に今バイクに轢かれたら三日は静かに眠れるだろうかと考える頻度が増えてきたので、これはよくないと医者に行ったところ、軽めの睡眠導入剤を処方された。

　薬の服用を始めてからよく眠れるようになったが、どういうわけか実家のバスタブに浸かったまま誰かに髪を洗われる夢を頻繁に見るようになった。髪を掻き回す指先にも時折話しかけてくる声にもまとわりつくシャンプーの匂いにも覚えはない。

　ただの夢だ。気にする必要はなにもない。快適な睡眠は大切だ。

　だから俺は夢を見た日の朝に限って玄関の床がずぶ濡れになっていることの意味などは努めて考えないようにしている。