すべて世はこともなし

 夏風邪で寝込んでいた先輩からの「ウイルスの残党をアルコール消毒したい」という馬鹿な誘いに付き合って飲み歩いた夜のこと。

 三軒目の飲み屋で三杯目の黒糖梅酒を啜りながら「最近夜中に俺んちの換気扇回すと讃美歌きよしこの夜みたいなのが聞こえるんだよね」とうわごとのようなことを言い出したので、酔いが回ったのかそれとも熱で頭が煮えたのかと黙っていたら、どうやら正気を疑われていることに気づいたらしく、これが証拠だと机上に置いたスマホで動画を再生してくれたのだが、薄暗い台所の映像と換気扇の排気音の中で先輩が嗚咽交じりに命乞いをする声しか俺には聞こえずにいる。

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