今日の日もさようなら

 大学からの帰り道にある古びた団地のベランダにはいつも真っ白なスーツを着て立っている人がいて、この団地にもそんな恰好をしているやつにも心当たりなんてものはないのだけども、シャツのべっとりとした黒さにも灼けるように赤いネクタイにも確かに見覚えがあり、俺はどうしてもその名前を思い出さなければいけないという罪悪感にも似た焦りだけがあり、それでも呼ぶべき名前だけは現れず、顔も時折こちらに向かって振られる手も夕日の朱に塗り潰されたままやがてぼたぼたと朽ち崩れていくのをただ見続けることしかできず、今日もまた空っぽになったベランダも団地も何もかもが夕闇に覆われていく。

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