第2話 実戦デビュー
1週間後、鈴木を除く4人は支配下登録となった。
9月10日、ロッテ戦。4人のデビュー。
先発の村中が打ち込まれ、5回までに6点を失った。6回にマウンドに立ったのは宮田である。一番の荻田は右打者。宮田は右投げで投げて1球目でファーストゴロに打ち取る。2番の高木は左打者。今度は左投げ。観衆から驚きの声が聞かれた。3球目でセカンドゴロに打ち取る。そして3番の野上。右の大砲だ。1球目は右投げで空振り、2球目はファール。3球目は左投げに替えて、野上に内角いっぱいに決めて3球三振。野上は呆気にとられていた。わずか7球で終えた。デビューとしては満点。
7回には代打でコジローが出てきた。背番号が51とイチローと同じ。イチローばりにショート前にぼてぼてのゴロを打ち、ファーストにボールがくる前にベースを駆け抜けた。内野安打。次に出てきたのは、阿川。これまたしっかりとバントを決めて、コジローをセカンドにすすめた。それをきっかけに、イーグルス打線が続き、その回で4点を取り、2点差まで追いつめた。
9回は、ブルペン陣の要ユン。調子のいい時のユンはなかなか打てない。だが、今日は不調。連続四球で1・2塁のピンチを招いた。ここで及川の登場。
セットポジションで、キャッチャーのポーズをとった時には、スタジアム中からどよめきがおきていた。
1球目は150kmの直球。2球目は155km。どちらもど真ん中の直球。3球目はボールと思ったら、またまたど真ん中。3球三振だった。イーグルスファンからは大きな拍手がわいていた。
2人目は好打者の荻田。直球ねらいで初球から打ちにきた。だが、バットを折られ、ショートゴロ。6ー4-3のダブルプレーとなった。今日一番の拍手を受けた。
試合は、9回裏で点が取れず、4対6で敗戦。だが、その日のスポーツニュースでは勝ったロッテよりも負けたイーグルスの秘密兵器四天王のニュースの方が大きかった。石山監督はじめ首脳陣もしてやったりの表情だった。
翌11日の試合からは4人の活躍する姿が見られた。まずは、コジロー。1番DHで出塁率5割の活躍。阿川は試合後半、バントの場面で必ず出てきて、確実にバントやバスターを決めていた。失敗したのは、スクイズの場面でサードランナーのスタートが遅くてアウトになった時だけだ。宮田は先発が下りた後の7回を任せられるようになった。打てそうで打てないというのが定説になった。一度、内野のエラーで出塁を許した時は、及川が出てきて、しっかりと抑えた。二人とも体力不足ということは、まだ相手チームにばれていない。
9月末、チームは2位争いをしていた。相手は宿敵ホークスだ。ゲーム差なしで並んでいる。この2連戦を勝った方が2位に近づく。2位と3位ではプレーオフでのホームゲームがかかっている。ホームゲームで勝てば、試合勘が鈍った首位のチームを破る可能性も出てくるのだ。
初戦、村中投手が踏ん張り、1対0で勝ちをおさめた。コジローはヒットはでなかったが、四球を選び、決勝点のホームを踏むことができた。宮田・及川・阿川の出番はなかったが、阿川は大きな声でチームメートを鼓舞していた。まさにムードメーカーだ。
2戦目は早田投手が6回柳川にツーランホームランを打たれた。宮田が7回をおさえ、逆転を待ったが、千田投手のおばけフォークをはじめとする絶妙な投球術におさえこまれてしまった。結局、1勝1敗のタイで終わった。
翌日、10月1日はイーグルスはお休み。ホークスはビジターでライオンズ戦。5対3で勝っていた。これで0.5ゲーム差でホークスが2位になった。
10月2日、パリーグの最終戦。相手は首位バファローズ。ピッチャーは全日本のエースでもある山木。今シーズン18勝をあげている。イーグルスは山木に対し、一度しか勝っていない。
イーグルスは山木に早く降板してもらうために、球数を増やさせる作戦をとった。一人8球を投げさせたら監督からボーナスがでるということになった。これがうまくいけば、5回で100球を越え、降板する可能性が出てくるのだ。
イーグルスは岸田投手がひょうひょうと投げていた。三者凡退にはならないが、なんとか0点におさえ、5回でマウンドを降りた。
6回に宮田が登場。球数が少なければ、7回も任せると監督に言われ、少し興奮したが、3人を15球でおさえた。
6回裏、マウンドには山木が立っていた。100球を越えても投げる気でいる。さすが沢村賞候補者だ。沢村賞は完投できる数が大きく関係してくる。5回で降りる気はないのだろう。
イーグルスは下位打線だったので、ここで阿川を出した。1球目、バントのポーズからバットをひいてバスターのそぶり。山木はバントを警戒し、高めのストレートを投げてきたのだ。2球目、山木はバントをさせるため、真ん中ストレート。阿川はバントの構えをひいてボールを見送った。3球目、バントの構えからバスターに切り替えたが、ボールがバックネットにささった。カウントはワン・ツー。ピッチャー有利のカウントだ。ファーストの東宮とサードの牟田は、さすがにスリーバントはないだろうと思い、前進守備はしていない。もっとも、ここまで3回ともダッシュして前進していたので、少し息があがっている。ピッチャーの山木もそうだ。5球目はボールになってもいいと外角低めを投げてきた。阿川はこれを待っていた。セーフティバントを1塁線に決めた。セーフティバントはふつう3塁線に転がすのだが、阿川ならではの1塁線へのバントだ。山木はラインを切ると思って取らなかった。しかし、ラインぎりぎりで止まった。山木は悔しい顔をしていたが、苦笑いに変わった。ファーストの東宮も肩をすぼめ、呆れた顔をしている。
次の大山は浅い外野フライ。深田はサードライナーに終わった。阿川は1塁に釘付け。打者は1番のコジロー。山木は後一人と思って油断をしたのだろう。コジロー相手に甘いストレートを投げてしまった。コジローはするどい振りで、左中間に転がした。レフトの西田がクッションボールを処理するのに手間取っているのを見た3塁コーチャーの奈良が手をぐるぐる回した。阿川はそれを見て、死力を尽くしてホームに向かった。レフトの西田は中継でショートの赤林に後を託した。赤林は、ボールを受け取るやすぐさまキャッチャーの伏木に送球した。どんぴしゃのストライクだ。タイミングはアウトと思われた。でも、追いタッチになった。阿川はタッチをくぐり抜け、左手でホームにさわる。主審は一瞬迷ったが、腕を上げて「アウト」をコールした。
石山監督は、すぐさまリクエストをだした。ポイントは追いタッチが、阿川にさわっているかだ。何カ所からのTVカメラをじっくり検討したのだろう。試合を決める大きな場面ということで、審判団もじっくり時間をかけている。しばしの時間がたって、責任審判が出てきて、「セーフ」をコールした。スタジアム中が大きなどよめきに包まれた。
7回、宮田がイニングまたぎで登場。一人目は内野ゴロで仕留めたが、二人目の牟田にライト前にポテンヒットを打たれた。ここで及川が登場。バッターは全日本の主砲といえる吉山。及川は直球しか投げないのは皆知っている。吉山は1球目から振ってきた。だが空振り。高めにきたボール球だった。2球目も高めのボール。阿川は深呼吸してから3球目を投じた。ど真ん中だ。吉山は思いっきり振ったが、案の定バットが折れ、ボールはセカンドの浅木のグラブに収まっていた。セカンドライナーだった。牟田は必死になってもどったが、間に合わずダブルプレー。
8回はブセニミッツ、9回は松木がおさえ、最終戦を1対0で勝った。お立ち台には阿川と宮田が立った。
アナ「今日は唯一の得点。おめでとうございます」
阿川「本当はコジローさんがお立ち台に立つところですが、僕ですみません」
アナ「いえ、いえ。あのセーフティバントはすごかったですね。1塁線へのスリーバントなんて、私は初めて見ました」
阿川「あれは、2軍の仲間から阿川スペシャルと呼ばれていました。外角低めがくるとわかっている時に使うバントなんです。うまく決まってよかったです」
アナ「それに、ホームへのスライディング。あれもすごかったですね」
阿川「ラッキーでした。でも、タッチされた感覚はなかったので、猛烈にアピールしました。リクエストがうまくいってよかったです」
アナ「見事でしたね。ファンの皆さん、阿川選手に大きな拍手を」
の声で、スタジアム中が大きな拍手に包まれた。
アナ「二人目は初勝利を得た宮田投手です。宮田投手、初勝利おめでとうございます」
宮田「ありがとうございます。本来は、5回を0点におさえた岸田さんの勝利だと思っています。たまたま点が入った時に投げていたということで、チームのメンバーと大きな声援をくれたファンの皆さんのおかげです」
ここで拍手がわいた。
アナ「初めてのイニングまたぎでしたが、いかがでしたか?」
宮田「少し緊張しました。でも、及川が控えてくれていたので、心強かったです」
アナ「これで10イニング無失点記録が続いています。打てそうで打てないと言われていますが、どう思っていますか」
宮田「私は夢中で投げているだけで、コーチやキャッチャーの皆さんの指示に従っているだけです」
アナ「それでも、両手投げで変則的な球は宮田投手の特徴ですよね。なんか秘訣あるんですか?」
宮田「秘訣と言われても・・・困りますね。私はストレートを投げているつもりなんですが、自然と曲がってしまうんです」
アナ「あの曲がりはナチュラルなんですね。どおりで打てないわけですね。ウィニングボールはどうされますか?」
宮田「はい、ウィニングボールは・・・」
と言ったところで、アナウンサーにメモが渡された。
アナ「ニュースです。ライオンズがホークスに逆転勝利したそうです」
ここで、一番の歓声と拍手がわき起こった。0.5ゲーム差で2位になれて、クライマックスの初戦はホームゲームになる。福岡でするのと仙台でするのでは大きな違いだ。スタンドでは歓喜のウェイブが起きて、宮田の声は聞こえずにインタビューは終わった。ちなみに、宮田は子どものころキャッチボールをしてくれた祖父の仏前に供えると言っていた。
ファイナルゲームセレモニーで、石山監督は次のように話した。
石山「皆さんのおかげで、リーグ戦2位になることができました。一時は4位まで落ちましたが、ここまでもどってこれたのは、ひとえにファンの皆さんのおかげです。あきらめない皆さんの姿勢が、我々にもひしひしとわかりました。次は、クライマックスで勝ち、日本シリーズでまた皆さんとお会いしたいと思っています。今後も応援よろしくお願いします」
翌日のスポーツ新聞には敗戦投手になった山木のコメントが掲載されていた。
山木「今日はイーグルスの皆さんの勝利への執着心に負けてしまいました。まあ、こちらは首位が決まっていましたし、クライマックスでは余裕で勝ちますよ。ホークスでもイーグルスでも怖くないですよ」
このコメントには、イーグルスのメンバー全員が奮い立った。
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