第三話

「じゃあ、改めてよろしく、、、華美はなび


「よろしくね、、りょ、、涼くん」


 お互いに改めて、軽く頭を下げた。あのあと、涼は承諾し、下の名前で呼ぶことになったのだが、いざ呼ぶとなるとやはり気恥ずかしくなってしまうようで、お互いの顔は赤色になっていた。

 華美に関しては提案した時に一度呼んでいる。

 まぁ、あの時は場の空気と、自分のテンションが少しおかしくなっていたということもあり、あまり気にせずに言えたのだろうが

 しかし、冷静になって、改めて言うときになってやっと、自分のした提案の大胆さに気付いたようで、その分の羞恥も遅れながらにして頬に表れていた。


 二人とも心臓がバクバクと大音量でなっていたのだが、涼はまだ少し言っておきたいことがあるようで


「まぁ、あm、、、華美?」


「そうしたの?りょ、、涼くん」


「俺と関わるときは礼儀作法とかもいらないからな、、、、

 なんかそれされると、話しかけずらいから、、」


「うん、わかった」


 彼女はやはり、安心したような表情をしてそう返事をした。


 彼女は正直、この礼儀作法をやめたいと思っていた。あの子供を道具としか思っていないところで身に着けたものだから、、、 


 しかし、なぜかやめることができなかった。それは変わる機会を見失っていたからなのか、、

 だからこの言葉と先ほどの敬語はいらないと言われたときは、自分の肩の荷が下りた気がした。そして、自分が変わる機会をもらった気がしたのだ。

 

 その表情から、涼は彼女が何かを抱えているのでは、と考えた。彼は自分の頭でいろいろと考えてみたが、それにはあまりにヒントが少なすぎる、何より事実とは本人以外分からないのだ。

 いっそ、直接聞いてみようかとも思ったが、彼の心がそれをやめさせ、開きかけた口は、なにも発することなく閉じられた。


「ねぇ、私ね、この夏休みで遊べるだけ遊びたいの、、、」


 華美は何を思ったか青い空を眺めながら、独り言のように話し出した。

 涼は一瞬どういうことか分からなかったが、彼女自身のことを話していると理解したようで、ただ聞き手に徹することにした。


「あのね、私、初めて外で自由に過ごせるの。まぁ、この夏休みだけだけど、、、

 だから、この夏で、すべてを楽しみたいの………」


 彼女は笑っているようだが、今にも泣きだしそうであった。

 それほどつらそうなのに、彼女は口を動かし続けた。


「私、家が、なんて言うんだろう、、名家っていうのかな?でね、昨日、そこを追い出されたの、、、それで、できるだけ遠くに行きたくて、、ひたすら歩いたの、、」


 涼は急展開についていけず、事情も分からないので、どう答えていいのか分からず、ただ沈黙を貫いた。彼女はそんな様子を気にすることはなく、さっきよりも涙をこらえた様子で。


「一昨日までは、いつも通りだったのに、急に追い出された、、、それで、ここまできたの、、

 私、、、愛されてなかったのかな、、、最初から、、、あれは私への愛じゃなかったのかな、、、」


 彼女の独白は、『家を追い出されたこと』『この夏だけ、自由に生きられる』という情報しか分からなかった。

 それに、なぜ追い出されたか、なぜこの夏だけなのかは言わなかった。涼も華美の苦しそうな表情を見たことで聞く気にもならなかった。

 ただ彼女が苦しそうな表情をしながらも話した理由は痛いほどわかった、彼女は一人で抱え込むにはあまりに大きすぎる。せめて、誰かに話して少しでも軽くしたかったのだろう。

 そこまでわかったら何をするかは、もう涼の中で決まっていた。


 《でも、今しなきゃためらってしまうから、ためらって結局何もできずに終わるから、、、》


 彼は華美を正面から優しく抱きしめた。彼の持っている感情をすべて優しさに変換して、彼女を温めるように。

 華美は一瞬状況が読み込めなかったが、涼のぬくもりに触れ、堪えていた涙はすでに汗で濡れた夏服の上に零れ落ちていた。


「華美、お前に何があったかは、正直分かり切れなかった、だけど、今はこうすべきだと思った。

 なんていえばいいんだろ、、まぁ、あれだ、、、俺がいるから、、お前は一人じゃねぇよ、、、」

 

 華美は彼のぬくもりの中で、家族から向けられていたのは彼女自身に与えられていたものだはないと悟った。

 彼女の受けていた愛情は、人に対する愛情ではなく、モノへ対する愛情であったということに、、

 結局はいつか捨てられてしまうものだったということに、、、


 しかし、彼女の心の中で失望はなかった。家を追い出されたときから、薄々と感じていたことだ。

 まぁ、多少は失望していたかもしれない。しかし、その失望すらも涼の温かさに包まれて、自分で感じ取る前に消えていった。


 涼のおかげで、肩の荷が下りたような、底知れぬ孤独感から解放された華美は、小さい子供の様に泣き、彼女の心に抱えているものの欠片にふれた涼は彼女を優しさで包み続けていた、、、

 青空の中で堂々とたたずむ入道雲の下で


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