第二話
「あ、ありがとうございました」
彼女は一度立ち上がり、涼に向かって熱中症からか、はたまた恥じらいからか、薄紅色に頬を染め、深々とお辞儀をした。その所作にはほぼ無駄がなく、彼女の育ちの良さが一目で見て取れた。
涼は彼女のその表情に見惚れた。
そして、その所作を見たとき涼は彼女に大きな興味を抱いた。その興味の方に意識が持っていかれ、数秒間黙り込んでしまったが、何か言葉を返した方がいいかと思い。なにかいい言葉があるかなと頭をフル回転させたが、熱中症のせいか頭のCPUが本調子ではなかったようで
「あぁ、どういたしまして」
という、なんとも素気ない返答になってしまった。そのせいで、お互いの間に少し話しずらい空気が流れることになった。
数十秒の沈黙の後、涼はその空気に耐えられなくなり
「えーっと、、、よくな、、りましたか?」
なぜか、さっきまで使っていなかった敬語をつかい、とぎれとぎれになりながらだが彼女に声をかけた。
「え、あ、はい、おかげさまで、、」
「あ、そう、、それならよかった」
まぁ、聞いた内容が内容だったので、分かり切ったことだろうが、言葉のキャッチボールが一往復で終わってしまった。
涼は自分の発言のぎこちなさに心の中で長文でツッコみながら、また訪れた沈黙に気まずさを覚えていた。
次は十秒もせぬうちに、彼女の方から話しかけた
「あの、、お名前を、、お、教えていただけますか?」
肌白少女は一度白に戻った頬を、先ほどより赤く染めて、涼に聞いた。氷翠はこの会話を途切れさせないように少し意識して
「俺は氷翠涼、き、君は?」
「私は、、、
「へー、高校生、、だよね、、何年生?」
「え、っと、、、一応、、二年生、、です」
「じゃあ、同い年か」
そう言い切ったところで、肌白少女改め華美はわざわざ姿勢を正して、涼と向き合った。
涼と彼女の身長は一回りほど違うため、ごく自然と上目遣いになっていた。
そして唇を小刻みに震わせ、少し言いにくいようなことを言うかのような声色で
「あの!私とこの夏休みの間だけでも、友達になっていただけませんか?」
「え?」
氷翠は彼女からのあまりに突拍子のない提案であっけにとられ、少しの沈黙の間が生じた。
ちなみに、『夏休みの間だけ』という部分には疑問が浮かばなかった。というか、気に留めてすらなかった。
それによってできた、数秒の沈黙を華美は何を思ったか
「ごめんなさい、こんな私と友達だなんて嫌でしたよね、、」
そう言うと、彼女はそこから立ち去ろうとベンチから立ち上がり、前へ一歩繰り出した。しかし、倒れるほど重度の熱中症であったこともあり、しっかりと立つことができず、前に倒れかかった。それを涼は慌てて彼女の肩に手を伸ばし、自分の胸に引き寄せた。
「あ、あ、、また迷惑をかけて、、本当にごめんなさい」
「いや、迷惑だなんて思ってないよ、だから謝らないで。あと、返事だけど、こんな僕でよければよろしく」
それを聞いた彼女はパッと表情を明るくしたが、すぐに険しい表情に変わり
「私、気を遣わせているのではないでしょうか、、」
「そんなわけないだろ、俺も、、天川のことが気になったから友達になろうと思ったんだ」
涼はすでに赤色の顔をより赤く染めながらも、堂々とそう言った。
「そうですか、、」
華美は涼の言葉を心の中で何度も噛みしめていた、そしてだんだん表情は嬉しそうに変わっていった。
涼はその変わっていく表情を見ながら、冷静になった頭で、今の状況をどうしたらいいかを考えていた。
ちなみに今の状況は華美が涼の腕の中にすっぽりと埋まっている状況である。
しかし、友達になれたことを純粋に喜んでいく華美の邪魔をするのも気が引けて、また顔が赤みを帯びていった。華美も少し冷静になって状況を理解したのか、すぐに体を離し、顔全体が茹で上がっていった。
「あ、、、あ、、ごめんなさい」
「いや、こっちこそ、なんか、、ごめん、、、とりあえず、座った方がいいんじゃないか?」
華美の体調を心配した涼は、とりあえずベンチに座ることを促し、二人で先ほどのようにならんでベンチに座る。
しかし、先ほどより距離は少しはなれ、その広がった二人の間に、何とも言えない空気が流れる。そしておのずと沈黙の時間が訪れた。
数十秒の沈黙の後、やはり涼が先に耐えれなくなったようで彼女に一つの提案をした。
「なぁ、天川、友達ならさ、敬語使うのやめない?」
「、、、そうですね、そうしましょう」
数秒の沈黙の後に、華美は何かから解放されたかのような表情を見せ、活き活きとそう答えた。
「早速敬語じゃねぇか、、」
言ったそばから敬語の抜けない彼女に、涼は力の抜けたような声でツッコむ
「あ、そう、、だね」
力ないツッコみを受けた華美は、少々ぎこちなかったが、敬語を抜いて、フラットな感じで、少し笑いながら答えた。
そして、友達になったにしてもついさっきの出来事のため、遠慮がちになっているのか少し間を挟んで彼女からも一つ提案をした。
「じゃあ、私からも提案があるんだけど、、友達になったなら、、下の名前で呼んでほしいかなって、、、いい?」
数分前とほぼ同じ構図だが、一つだけ違う点は両手の人差し指を合わせもじもじしながらであるという点だ。世の中の男子でこんなことされて心臓の鼓動が早まらないやつなどいるわけがない。
ましてや、同年代の女子に下の名前で呼んでほしいという内容ならば、もう心臓の音が周りの音を遮断するレベルだろう。
無論、涼も例外ではなく、今にも頭がオーバーヒートを起こそうとしていたが、何とか耐えて、返事をしようとしたとき、、、
「あ、もちろん、私も、、りょ、、涼くんってよぶからね」
赤い頬に上目遣いでとどめを刺された涼は無事、頭がオーバーヒートを起こした。
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