第一話 

 七月中旬、放課後の教室では、いたるところから楽し気に話している声が聞こえてくる、そんな教室の隅で早々に帰る準備を済ませた一人の男子生徒、氷翠ひすいりょうは扉へと向かって歩き出した。


「リョウ、明日から夏休みなのにもう帰るのかよ」


「まあな、別にここにいたところで何があるってわけでもないし」


 涼が階段を降りていると、後ろから声をかけられた。それにめんどくさそうに振り返りながら言葉を返すが、別に嫌がっているわけではなさそうだ。


「それはそうだが、、なんかちょっと友達と遊びに行く予定立てるとかねぇの?」


「ないな、そもそも友達って言えるのはお前ぐらいだし」


「まぁ、そうだな、、、じゃあ俺のとこに来いよ」


 今しがた華麗なノリツッコみをした彼の名は久崎くざき順陽じゅんよう

 モデル並みの容姿と、陸上短距離で全国大会に出場したことがあるほどの運動能力を持ち合わせていながら、誰にでも優しくする非の打ち所のない好青年だ。

 勉強の方は赤点ギリギリを毎回さまよっているが、、、

 氷翠とは中学時代からの友達で、お互いに信頼しあっている。

 

「お前のことだし『LINEでいいだろ』とかいうんだろうけどな」


「おぉ、よくわかったな」


「そらそうだろ、お前とどんだけいると思ってんだよ、、だからそういう事じゃねぇよ」


 本日二度目のノリツッコミをした順陽は、あきれたように言う。


「こういうのは対面で話し合うから楽しいんだろ?おい、無視して帰ろうとするな」


 順陽の話を無視して帰ろうとする涼を、彼は止めると、『ふふん』と胸を張った


「なんだよジュン、俺早く帰りたいんだけど」


 それを見た涼は少し興味を持ったようで、しっかりと立ち止まって順陽を見た。


「まぁ、まぁ、リョウよ聞いて驚くな。」


 涼の目線が自分に向いたことで、順陽はポケットの中から何か細長い紙切れを二枚取り出した。


「昨日、商店街のくじ引きをひいたら、遊園地のグループチケットが当たったんだよ」


「へー」


「おい、あからさまに興味なくすなよ。まぁ、一緒に行かね?」


「はぁ、もっとむいてる奴いるだろ」


 次は涼があきれたように久崎へ言った。


「俺だって彼女がいたら彼女と行きたいよ、でも現実はいねぇんだよ!」


 そう言った順陽だが、一年のころは女子から何度も告白されていた。しかしそれをすべて断っていたので、今となっては告白しにくい雰囲気ができていて、逆にアイドルみたいな扱いを受けている。


 ちなみに断った理由はすべて「競技に集中したいから」だそうだ。それを断るときには「ごめん、無理なんだ」の一言で断っていた。


 女子たちもそこで諦めたらしく、陸上も部活もやめてから告白されることもなかったらしい。

 何というか、可哀想に思えなくもないが自業自得だな、、


「友達だっているだろ」


「だから一番の親友のお前を誘ってるんだろ」


「あっそ」


 涼は素っ気無く相槌をつき、階段を降りていった。順陽はもう要件は伝え終わったようで止めはしなかった。 

 涼は踊り場を曲がり最後に順陽と目が合ったときに


「じゃ、あとでLINEくれ」


「おう、じゃ」


 そう言って涼は下のフロアへ消えていき、順陽は教室へ戻っていった。

 

 ◇  ◇  ◇


「あっつい」


 七月の日差しが降り注ぐアスファルトの上を歩きながら、涼はそう呟かずにはいられなかった。


 気温は三十・四度、梅雨は明けたといってもジメジメした気候は続いており体感ではゆうに三十五度を越している。


 少し熱中症気味の頭と目が、正面から一人の汗で滲んだ白いワンピースを着た少女がフラフラと今にも倒れそうになりながら歩いていた。

 彼女の不健康なレベルの白い肌に涼の目線は引き付けられ、続けて目に入った整った顔立ちに見惚れていたが、次第に心配になっていき、気付けば声をかけていた。


「大丈夫か?」


「あ、え、だいじょうぶでs、、、」


 そう言ってる間にも限界が来たらしく、ふらっと前に倒れた。それを涼は支え、近くの日陰にあるベンチへ連れてきながら


「全然大丈夫じゃねぇじゃん、、」


 そう呟かずにはいられなかった。


 彼女をベンチに座らせ、涼は自販機へ飲み物を買いに行った。


 小銭を入金口に適当に入れて、スポドリのボタンを2回押し、それを抱えてベンチへ戻った。


「あ、えっと、ありがとうございます、、」


「あぁ、ほら」


 彼女は目を覚ましたようで涼に感謝を伝える。彼はそれに応えながらペットボトルを一本さし出す。そしてベンチに腰をおろし、喉を豪快にならしながら一瞬で自分の手元のペットボトルを空にした。

 喉を越した冷たい感覚が全身に広がり、熱中症の頭も少しは軽くなる。少しの脱水症状もあったようだ。


 その豪快な飲みっぷりを感心したように見ていた少女だったが、涼から『どうかしたか?』とでも言いたげな目線を向けられ、目をそらしてペットボトルの蓋を回し、ゴクゴクと涼ほどではないが喉を鳴らしながら飲み始めた。

 一度水分を取ることで自分の喉の渇きが改めて感じられるようで、数十秒すると、彼女のペットボトルも空になっていた。

 彼女が飲んでいる姿はCMに使われてても何ら違和感がないほど鮮やかで、涼は目を奪われていた。

 




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