儚き君へ花束を

薄明 黎

エピローグ 

 いつもは沈みかけた太陽が照らしていた石畳を、今日だけは提灯が彩っているようで、老若男女全員がにぎやかな雰囲気を楽しんでいるのだが、その雰囲気に馴染めていない少年が一人。誰かを待っているようで、誰かを探しているようで、、


「氷翠先輩!待たせちゃいましたね」


「別に大丈夫だよ、青葉」


 後輩である青葉あおば美花みはなが彼の方へ手を振りながらやってくる。彼はそれに返事をしながらも、やはり誰かを探しているようだ。


≪まぁ、あいつがいるわけないよな、、、≫


 彼の心の中で、何かぼやけていて不安定、だけれども今日まで大事にしていたものが砕けた音がした。

 しかし、顔にはほとんど出さず、砕けた残りかすが心の中に溜まっていく。


「じゃあ、先輩。行きましょうか」


 美花はそのほんのわずかな表情の変化に気付いたのか、それともただ彼との夏祭りが楽しみなだけかは本人以外分からないのだが。声のトーンを少し上げ、彼を急かした。


「そうだな」


 彼はそれをどうとらえたのかは分からないが、自分の暗い部分を隠すかのように明るい声で言い、二人で人の波に飲み込まれていった。

 

「りんご飴食べたいっす」


「なら買って来れば?」


「先輩と一緒がいいっす」


「なんでだよ」


そうは言いつつも、氷翠は一緒に買いに行くらしい。


「先輩って、口数少なくて不愛想っぽく見られますけど、結構優しいっすよね」


 頬を赤く染めてそう言った美花に、氷翠は一人の少女の面影が重なったように見える


『涼くんって、口数少なくて、不愛想に見えるけど、根はやさしいよね。』


 りょうとは氷翠ひすいの下の名で、

 頭の中で、どこまでも愛しく、今は画面越しでしか聞けない声でそう言われた気がして、、

 彼が今日本当に一緒に来たかったのは、彼が今日探していたのは、その少女だった。だが、その願いが叶うことはなかったのだが、、

 彼の目にはうっすらと涙が浮かんでいたのだが、本人は気づいていない、、


「先輩、大丈夫っすか?顔色悪いっすよ」


 彼の表情に気付いた青葉は、彼にハンカチを渡した。


「大丈夫だ、なんでもない、、」


 彼も自分の涙に気付いたようで、受けっとったハンカチで急いで拭い、さも何もなかったように笑顔で取り繕う。


「そうっすか、じゃあ早く行きましょ」


 美花は何かを察したようで、あえてそれ以上聞くことはなかった。

 涼は表情に出してしまい、美花に心配させてしまった事を悔い、今日だけでもネガティブな気持ちは顔に出さないと固く誓った。


 美花は涼の手を引っ張って、はしゃぎながら前へと進んでいく。


 ここでも美花があの少女と重なってしまい、涼は目をこする。


≪別に青葉はあいつじゃないのにな、、、≫


 ◇  ◇  ◇


 そうして美花に振り回されつつ、夏祭りを一通りまわり、神社の階段に二人で腰掛けていた。


「そろそろっすね、、」


「そうだな、、」


 そう言って、二人で暗い空を仰ぎ、お互い無言になる。涼は誰かを思っているような表情で、美花は今にもはち切れそうな心臓を必死に抑えるようで、、

 一筋の光が二人の視線を奪う。そして、静寂を打ち破るかのように花火玉が空気を切り裂くような音が二人の鼓膜を震わす。空には一輪の大きな火の花が咲いては大きな炸裂音とともに散った。

 それからは何輪もの花が咲いては散ってを繰り返し、星の代わりに空を彩っていた。


「あの、、先輩、、」


「どうした」


「私、先輩のことが好きです!今も昔も将来も、、」


 涼は別に驚いた様子もなく、ただ儚く散っていく火の花を網膜に写していた。美花もそれを気にする様子もなく続ける。


「私と、、付き合ってください!」


 こう言い切り、再び黙り込む。美花は今にも泣きだしそうな表情で、それでも後悔など無いという表情で、、

 彼女の恋を表すかのように空に火の花が一輪咲いては散った。

 それから何輪の花が散っただろうか、何度炸裂音が聞こえただろうか、、


「ごめん、、青葉、、俺には無理だ、、」


 涼は重い口を開く、声色は申し訳なさの色が染み出ていた。


「やっぱり、、そうすっよね、、」


 彼の返答を聞いた美花の頬には涙が伝っていた、しかし、表情はこれ以上にないほど清々しい笑顔だった。


 涼にはその表情がまたしてもあの少女と重なって見えた。


≪やっぱり、今日の俺はおかしいのかもな、、≫


 そう思いながらもあの少女とのはかない思い出が半強制的に浮かび上がり、涼の目から涙が止まらなくなってしまっていた、もう感情を抑えることなど今日の彼には無理だろう。


「うあぁ、、なんで、、なんで、、もっと早く、、言ってくれなかったんだよ!」


 彼は俯きながら、しゃがれた声でそう叫んだ。目から零れ落ちた涙は地面に滲んでいた。

 

 この場面だけを切り取って表面だけで見ると、この発言は美花の告白に対するものだが。そうではないことを、彼女は知っている。これが誰に向けた言葉なのかも、、


 だからこそ、美花は涼に何も言えなかった、慰めることもできなかった。ただ横で彼を見守ることしかできなかった。

 

 涼は人の目など気にせず、ただひたすらに何もできなかった、何も気付けなかった自分を恨んで、地面を濡らし続けた。

 

 彼のむせび泣く様子を隠すかのように、一番大きな花が大きな音を立てて咲いた。

 






 

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