執着の話
思い入れというのは厄介だ。正常な判断を狂わせてくる。
というと収集癖が強いみたいに感じるが、僕はそんなに収集癖が強い方ではない。そもそも音楽やアニメ、書籍の守備範囲が狭いため、購入しようというもの自体が少ないというのもある。音楽は気に入った曲を繰り返し聴くため、サブスクで表示される「2023年春にあなたが聴いていた曲」と「2023年夏にあなたが聴いていた曲」のセットリストがほぼ同じだった。もしどっかのバンドのアリーナ2days公演のライブのセットリストを見たとしても、もう少しセットリストは変えるだろう。漫画は電子書籍でしか買わなくなったし、小説は読む気力が衰えてしまっている。僕が昨年一年間で買った小説は数えたら8冊だった。多読だった高校時代の僕が聞いたとしたら、自分の将来を信じてくれないだろう──1年足らずで無職になってることも信じてはくれないだろうな。
物欲が少ないと自負していたものの、引っ越しに使う段ボールは衣装ケースを除いても10箱を超え、モノに多く囲まれて過ごしていたことを思い知る。
物欲が弱い分、捨ててモノを減らすことは苦手だった。学校で配られたプリント、合唱コンクールや修学旅行のパンフレット、そういった紙類を捨てるのがニガテで部屋の本棚を圧迫させていた。もう少し具体的に言うと、大学に入学してから数年経っても高校入試の参考書が捨てられなかった。バイトで塾講師をしていたというのもあるが、それにしても模試のテキストだったり解説すらをも捨てられずにいた。もちろんそれらが塾講師に活かされることは一度も無かった。教えてた中学生からしたら10年近く前の模試だ、傾向を掴んでもらうことも出来ないほど古い。
他にも、ボディタオル──体を拭くためではなく洗うためのタオル──にしても7年近く使ってようやく捨てた。穴が空いたらミシンで縫ったし、カビかなにかで着色してきたら塩素で漂白した。ボディタオル自体の清潔さでいうと正直、それで体を清潔に洗えていたかは自信が持てない。タオルも価格は1000円にも満たない、特に高級でもないものだった。
なんでそこまで使い続けるのだろうと考えた時、祖父もそういった性格だったと母は言っていた。祖父は買ったものに、日付や購入場所を仔細に記入していた。祖父の家に行くと、達筆な祖父の字でそこかしこのモノに日付が遺されている。また、祖父は修理するのが得意だった。骨が歪んだ傘を持っていくと、金具を継ぐ?ことで直してくれた。僕がぼろぼろのボディタオルをミシンで縫ってどうにか使おうと苦心したり、傘のマジックテープの保持強度が気に食わなくて自分で別のマジックテープを縫い付けてると母は「(うちの)おじいちゃんみたい」と口にしたものだった。そういったチマチマしたことは好きだった。自分が修理したことで、また使えるようになるのが好きだった。それは、祖父の気質が遺伝しているのかもしれない。
それに加えて、モノを捨てる時=モノが壊れた時という考えが僕の中にある。壊れていないモノを捨てるのは、そのモノの使命を全うさせていない気がして罪悪感を抱いてしまう。いらなくなったから捨てる、とはならないのだ。食べ物であれば「賞味期限が切れた」という大義名分のもと捨てることは出来るが、大抵、捨てる決心をしなければいけないモノは食べることが出来ないモノだ。捨てるべきタイミングは教えてくれない。
そうやって捨てられずにいるから、研究室時代は自分の机の上は常に秩序を保った状態で散らかっていた。取りたいものはすぐに見つかるから問題は無いし、共有スペースは人一倍綺麗にしていた。たとえそうだったとしても見栄えは悪いから、何度も綺麗にしなよと促された。掃除したとしてもモノを捨ててはいないため、机が保持しているモノの総量が変わらずモノが移動しているだけだった。騙しだまし3年近くやり過ごした。
モノが増えてまるで自分が取捨選択の権利を持っているかのように感じるが、他者にとって自分が取捨選択の目的語にもなってるんだろう。強制的に他者に関わる大学という機会を失ってから、連絡を取らなくなった人は多い。さらに人間関係を維持する能力は衰えた。僕がいた日々の解像度が失われていく過程で、僕との思い出が誰かの中で、実家にあるマンガくらいの頻度で振り返ってもらえる貴重なものと思ってくれていたら、生きてきた価値があるなと思う。
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