アニメの話

 独り暮らしになって3ヶ月が経つ。試用期間も終わり、社会人の仲間入りが済んでしまった。3ヶ月経って気づいたのは、困った時は誰かに訊かなきゃ困ってることにすら気づいてもらえないということと、孤独な時間のはつぶした方がいいことくらいだろうか。孤独な時間は良くないことを考えるので、何かをしている方が精神的に良い。賃貸を契約する際に、Netflixを契約した。電話口で契約の話になった時、ネット回線と一緒に勧められた。後で確認すると、特に契約しなくてもよかったらしい。電話口で判断するのは苦手だ。

 契約してしまったからにはもったいないとNetflixを使い始めて、良い点に気づいた。日本語の字幕が付けられるところだ。吹き替えが無い洋画だけに限った話ではなく日本語音声の作品にも付けられる。僕は耳が悪い。他人の話を聞き直すのなんてしょっちゅうだし、聞き取るのを諦めて苦笑いと愛想笑いの間みたいな顔で誤魔化すのなんてそれ以上にある。聞き取れないことはストレスになるので字幕を付けながらよく視聴している。とは言っても見ているのは30分アニメばかりだ。入浴中とか夕食中にこまごまと視聴できるのが良い。

 字幕では耳が聞こえない方に向けて、発話したキャラの名前も表示される。これも、他人の顔と名前がなかなか一致しない僕にとって嬉しい。字幕の良い点はまだまだある。音声だけではなく活字でセリフを観れるところだ。ネタバレになってしまうため具体的なポイントは割愛するが、【推しの子】8話ではこだわりが感じとれるセリフがあった。見た直後にTwitterとかで誰かに伝えようと思ったが、誰も反応してくれなさそうでやめた。自分に興味のあることが、相手にとっても興味のあることとは限らない。

 そもそも自分の好きなもの──アニメとか音楽グループとか小説とか──を誰かと語り合いたいという気持ちが分からない。幼少期は、アニメは録画して家族のいないタイミングを見計らって独りで見ていた。

 きっかけになったのはSKET DANCEを母親の前で見ていた時だった。エンディングに女子キャラがランジェリー姿で出てくるカットがあった。案の定「こういうのが好きなんだねえ」と、隣にいた母親が思春期の息子にしてはいけないランキング上位の反応をした。それ以来、家族の前でアニメは見ないようにしている。というか夕方アニメだったのに、あのエンディングは大丈夫だったのだろうか。

 好きなもので話題を共有するのは苦手だ。好きなロックバンドのライブに友人と行ったりしたこともある。セットリストが進むにつれ、感極まって叫ぶ観客の声を横目に、「同じものを聞いているのに自分はなんでこんな感動できてないんだろう」と自分を俯瞰していた。ライブ終わりに友人は曲の感想を嬉々として話してくれていたが、あまりにも歯切れの悪い返事しかしない僕を見て、別の話題に変えた。こんな自分と何度もライブに行ってくれた友人は変わり者だな…… この友人は小学校と中学校が一緒だった。高校時代にこの友人とはよくライブに行っていたが、高校に馴染めず目が濁っていた僕を友人なりに心配してくれていたのかもしれない。

 誰かと比較して、自分はそれほどそのアニメを、音楽を、趣味を、好きじゃないんだろうなと感じることが多いから、そんな話をするのはおこがましいという歪んだ謙虚さがある。映画「君の名は。」は僕が初めて何回も映画館で観た映画だ。そして今までで唯一DVDを購入した映画でもある。でも新海誠監督が、ファンミーティングかなんかの感想で、50回以上映画館で見た熱狂的ファンについて言及したツイートをされていて、そこまでじゃないんだな自分の「好き」は……と落胆した記憶がある。(当時の該当ツイートを探したが見つからなかった。50回という数字は曖昧。大きかったという印象だけはある)

 だが一方それと同時に、自分の方が詳しいのにそんな知ったような口で語らないでほしいという傲慢さもある。「この曲好き!」って言われても「僕はその曲何百回も聞いているけど?」という嫌らしい古参のような気分になる。そんな気分を抱く自分が嫌いになるから、好きな話はなかなか出来ない。

 雑談が上手くなるためには、相手との共通な好きなものの話をするのが良いとされている。仲間意識のようなものが相手と芽生えるし、好きなものならある程度は話の引き出しがあるからだ。でも僕はその手札を切ることは無い。自分より相手が詳しいと恐れ多いなと感じるし、自分の方が相手より詳しいと同担拒否のファンみたいになってしまう。好意の度合いはトレーディングカードみたいに相手と競うものではないとはわかってるんだけどな。いつか、気兼ねなく好きなものの話を出来るような自分に出会えることを夢に見ながら今日も眠りにつく。

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