第7話

 春野由奈の自宅前に着いた。


 料金は二千七百円だった。


 降車した小宮山の姿はゲートが開かれて走り出した競馬の馬のようだった。急いで防犯カメラが一つもない非常階段へと向かう。由奈の自宅は三階にある。リュックを背負いながら駆け上がるのは、最近運動不足の小宮山にとっては少し苦痛であった。


 共同廊下を走り、「春野」と表記された部屋まで来た。手袋を着用し、合い鍵をリュックから取り出す。何とか間に合った。予定より、三分ほど早い到着だった。少し余裕が出来たことに彼は安堵した。


 室内に侵入することに成功。懐中電灯を照らし、ブレーカーのある部屋に入り、工程通り、ブレーカーを落とした。


 そして、玄関から一直線に伸びる廊下の途中に、自分の足首の高さあたりにピアノ線が来るようにピンっと張る。両端にはセロハンテープで固定した。

 すべての作業が完了した。計画では彼女の帰宅はもう間もなくである。

 外の廊下から響いて来た足音。くつはヒール。帰って来た。


 小宮山は玄関横にある部屋に隠れた。それと同時に、鍵を差し込む音がして、ドアが勢いよく開いた。

「ただいま」

 由奈が一人で暮らしている自宅に帰宅を報告した。その声色には興奮が混ざっている。


 生唾を小宮山は飲み込んだ。息を殺す。

 由奈は照明のスイッチに手を伸ばした。しかし、灯りはつくはずがない。すぐに由奈の口から戸惑いが漏れた。


「えー、なんで」

 つい十秒前の興奮は冷めてしまったようだ。一つため息をついて由奈は、視界がない廊下を手探りで進み始めた。小宮山の狙い通り、ブレーカーがある部屋へと向かっている。


 いいぞ……。そのまま……。


 心拍数が自然と上がっていく。徐々に由奈はピアノ線のポイントに近付いている。


 死ね、死ね、死ね、死ね、死ね……。消えろ、消えろ……。


 その時、

「きゃあー!」

 由奈の甲高い声、断末魔に近い悲鳴だった。同時に聞こえてきたのは、鈍い衝突音だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る