7日目 そうだ、おうちに帰ろう!
ボォーっという汽笛の音を鳴らして船が入港する。
船がしっかりと止まって船員がタラップを下ろしているのを確認してからマニは船室を飛び出した。
慌てたようにヤミがその背を追う。
ひょいと飛び上がるようにして船員を追い越し、まだ掛けている途中のタラップを踏ん付けて港に降り立った。
「いっちばーん!」
こら、と背後で船員が怒っている声が聞こえたがマニは無視する。
ヤミはちゃんとタラップが掛かってからゆっくりと港に足を踏み出した。
マニはきょろきょろと港を見回している。出航した港よりも人が多い気がした。
「あんま危ないことしてんじゃねぇぞ」
後ろから頭を小突かれマニは振り返る。呆れた顔のルイがマニを見下ろしていた。その後ろにはティアナ、ギン、ホウリョクがのんびりとこちらにやってくるのが見える。
マニはわざとらしく唇を尖らせて「ボウリョクはんたーい」とルイを見上げた。
「なぁにが暴力だよ」
ルイはわしゃわしゃとマニの頭をかき混ぜるようにして撫でる。マニは嫌がって逃げるがリーチの差で逃げられていない。いや、本気で逃げようとしていないあたり、満更でもないのかもしれない。
そんなことをやっているといつの間にか追い越していたホウリョクが「あ、」と声を上げた。
「ルイ、ノエルいやがりましたよ」
「おう」
視線の先を辿れば一人の女性がこちらに気付いて小さく手を振りながらやってくるところだった。
肩口で切り揃えられた髪は淡い稲穂のようで、陽光に照らされてキラキラと輝いている。淡い色のワンピースはその色彩に合わせて作られた特注品だろうと思わせるほど彼女によく似合っている。
海風にひらりと長い裾が翻る。
優しそうに細められた瞳は空を写し取ったかのような蒼天の色。
女性はのんびりとした足取りでルイたちの前にやってくると嬉しそうに微笑んだ。
「よかった、会えた」
「迷わなかったか?」
「うん」
ルイたちと簡単な挨拶を済ませると、女性は小首を傾げてマニとヤミを見下ろした。
「こんにちは。……ルイの新しいお友達?」
「船で行き合っただけだ」
ふぅん、と女性は屈んでマニたちに視線を合わせる。
「はじめまして、わたしはノエル。ルイたちと一緒に旅をしてるの。あなたたちは?」
「マニだよ。今ちょっと家出中なんだ」
「ヤミ」
「おまえら家出中やったんかい」
離れたところからギンが呆れた声を出す。
横でティアナが「ああ、やっぱり」という顔をしていたのが見えた。
「ノエルさんは美しいね。ルイさんたちの仲間じゃなかったらボクのコレクションになってほしいくらい!」
「マニ」
「あら……ふふ、ありがとう?」
ヤミが裾を引っ張って咎めるが、女性――ノエルはよくわからないままにこにこと微笑んでいた。
マニにとってこれは賛辞なのでそう簡単には治らないだろう。ただヤミが咎めると少しだけきょとんと眼を瞬かせたあと、よくないことだったのかと考えるそぶりを見せるのでそこは変わったところだと言えるだろう。
ルイが「これからどうするんだ」とマニを見下ろして尋ねた。
ううん、とマニは腕を組んで考えるポーズを取る。
「うん、帰る!」
「あら、帰るの?」
横でヤミが驚いたように目を見開いているので、本当にたった今決めたことなのだろう、とルイは肩をすくめる。
「じゃあなんで船乗ってたんや。うちこっちなん?」
「乗りたかったから乗っただけだよ」
「……そない理由で船乗るやつ初めて会うたわ……」
ホウリョクなど「お金有り余ってやがるんです?」なんて言いながら苦笑している。
それじゃあ、とマニはヤミの手を取ってルイたちを見回す。
「ルイさんたちはどうするの? 旅?」
「そうだな……適当に見て回って、定住できそうなところでも探すかって話してたところだ」
「定住するの?」
「定住っつーか、冒険者に鞍替えだな。まぁ、未定だが」
ふうん、とマニは自分で聞いた割に興味薄そうに頷く。
「じゃあ定住先見つかったら遊びに行ってあげるね」
「……楽しみにしてる」
期待はしていないようで、ルイは小さく肩をすくめた。それを見上げながらマニはヤミの手を握り直す。
「じゃ、帰ろっか」
「帰る」
こくりと頷くヤミを見て、マニももう一度頷く。
「あなたたち、どこへ帰るの?」
「神界!」
「……は?」
マニとヤミは顔を見合わせてからぱっと振り返って駆けだす。背後で驚いた声を上げる大人たちがいるが、そんなものはもう意識の外だった。
パタパタと小さな足音が二つ、並んで去っていく。
二人のちょっとした冒険はここでおしまい。
小さな人形たちは誰に見られることもなく、家に帰ったのでした。
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