3日目 そうだ、次の街へ行こう

 一通り街を堪能したマニとヤミは次の街を目指して街道を歩いていた。

 この街道はよく整備されていて、魔獣もほとんど出ないらしく、二人はのんびりと並んで歩き次の街を目指している。

 道のりとしては数時間かかるが、二人は人形なので疲れからの休憩や食事を摂る必要はなく歩き通しだ。

 時折、街道を野ウサギや鳥が横切るのにちょっかいをかけつつ、マニは拾ったいい感じの枝を振り振り足を動かす。

 二人の間に言葉はないが特に支障はない。マニはおしゃべりな方ではあるが、一人のときやヤミと一緒のときは黙っていることも多い。そしてヤミはもとより寡黙だ。

 少し調子外れた鼻歌を響かせながら歩いて、ようやく遠くの方に人工物の頭が見え始めたころ、マニは街の手前で集っている子どもたちの姿を見つけた。

 少年が三人と少女が一人、熱心になにかを囲んで楽しそうにはしゃいでいる。


「なんだろう」


 好奇心の強いマニは傍らのヤミに首を傾げるが、ヤミはぱちりと目を瞬かせただけで特に反応はなかった。

 興味がないわけではなく、ただ単に何事か皆目見当もつかないだけだろう。

 マニはヤミを伴って子どもたちに近付いていく。

 その頭越しにひょいと中心を見やって、


「げ」


 小さく声を上げた。

 少年たちが不思議そうな顔でマニを振り返る。

 少年が二人、片手で持ち上げていたのは彼らの手のひらほどにもなる大きなカブトムシだった。

 それを見てマニは形のいい唇を歪めて眉間にしわを寄せる。

 カブトムシはうごうごとツノを動かしているからどちらも雄だ。

 カブトムシを持っていない少年と少女は目をキラキラさせてそのツノを眺めている。

 艶々とした外殻が日に照らされていて、カブトムシの健康状態はすこぶる良いようだ。

 マニの横でヤミはそれを物珍しそうに眺めながら目を瞬かせていた。


「む、虫……なんて醜い!」


 絞り出すような声で唸ったマニの言葉に、いち早くそれを理解した少年の一人が眉尻を吊り上げる。


「はぁ? お前、カブトムシのすごさ、知らねぇの? これ、西オエステベゾウロカブトムシだぜ。やっと捕まえたんだ!」

「虫は虫だろ。うわぁ、足がいっぱいで気持ち悪い!」

「なんでだよ、よく見ろよ! ツノの形だってペゾウロカブトムシの中でも西オエステは特にカッコいいんだぞ!」

「うわぁぁぁ、近付けないでよ!」


 もはや話が通じていない。

 カブトムシを持った少年はマニの顔に押し付けるようにしてカブトムシを見せびらかしているし、マニは必死に頭を逸らしてそれを見ないようにしている。

 ヤミはそんな二人を交互に眺めながら、もう一人の少年の持つカブトムシを指で軽くつついていた。


「あああ、醜い……! なんでこんな虫がいいんだか!」

「ミニクイって言うなよ、カッコいいだろ! カブトムシの良さがわからないなんて、お前ガキだなぁ!」

「ガキにガキなんて言われたくないよ! 醜いものを醜いと言ってなにが悪いんだ!」

「カブトムシはカッコいいだろ!」

「醜い!」

「カッコいい!」


 子どもたちの中でも一人混じっていた少女は呆れたように言い争う二人を眺めているほどだ。

 傍から見ればどちらもガキで子どもでしかない。

 ヤミはこてりと首を傾けて、一同を見渡したあと、のんびりとした動作でマニの首根っこを掴んで少年から引き剝がした。

 ぐえ、とマニが小さく漏らしたが苦しいわけではない。反射だ。


「な、なにをするんだよ、ヤミ!」

「ダメ」

「えぇ? なんで醜いものを醜いと言うのがダメなのさ。ボクは思ったことを正直に言っているだけだよ」

「ダメ」


 ぷくりと頬を膨らませるマニは、仲間たちにクールダウンさせられている相手の少年を横目に見た。

 やっぱりどう見てもあんな虫がカッコいいだなんて、感覚がおかしいに違いない。

 マニはそう決めつけて、斜めに掛けた鞄の位置を直した。

 少年の方はといえば、ちらっとマニを見て目が合ったとわかると、ぷいっと顔ごと目を逸らした。

 その反応にマニは更にむっと唇を歪める。


「もう、ヤミ、行くよ!」

「……ばいばい」


 マニがさっさと歩き出すのをヤミは小走りに追いかける。肩口に振り返って小さく手を振ると、マニと喧嘩していた少年以外の少年少女は手を振り返してくれているのが見えた。

 落ち着いてからヤミはマニを振り仰ぐ。

 マニはもう気にしたことなどないとばかりに真っ直ぐ前を向いて歩いていた。

 ヤミも前を向いて歩く。

 再び二人の間に言葉はなくなる。

 街が近付いてきたのが見えて、マニがくるりとヤミを振り返った。


「ヤミ、次の街ではどんな美しいものが見つかるだろうね!」


 その様子は先ほどのカブトムシのことなどもう忘れ去ってしまったかのようだ。

 少し、日が傾いてきた。

 あの少年たちももうすぐ家に帰る時間だろう。

 マニとヤミは並んで新しい街に足を踏み入れた。

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