2日目 そうだ、骨董市に行こう

 人々が起きだして生活を始めるくらいの時間、マニはぱちりと目を開けて遮光幕を引っ張った。

 外にはちらほらと朝早い者たちが歩き回っているのが見える。

 それを確認してマニはひょいとベッドから跳び下りた。部屋に備え付けられた鏡で身なりを整え、満足そうに頷く。

 部屋の隅ではヤミがちょうど目を開けたところだった。軽く伸びをする様子が猫っぽい。

 帽子とゴーグルを装着し、よし、と鏡に向かって笑顔を作る。


「さ、ヤミ。行こうか」

「……どこ」

「骨董市さ!」


 にっこりと微笑んだマニはいつも通り、元気いっぱいだ。




 街の少し外れにある大きな広場で骨董市は開催されている。

 その情報を聞いていたマニは日時を確認して絶対に行くと決めていた。


「骨董市……骨董という言い方は気に入らないけど、とても心躍るイベントだよね」

「……」


 会場へはすぐに辿り着いた。そして辿り着いた瞬間にマニは目を輝かせて周囲を見渡した。

 人は多いというほどでもないが、それなりに賑わっているようだ。

 決められた区画の中で売り子たちは風呂敷やシートの上に思い思いの物を並べて座っている。参加者たちは並べられた商品を眺めながらのんびりと歩いていたり、忙しなく売り子となにやら交渉をしていたりと自由に楽しんでいる様子が見て取れる。

 マニは無言のヤミを引っ張るようにして近くの区画から見ていくことにした。

 骨董市と銘打っているが、その実フリーマーケットのようなものだ。並べられた品物は骨董と言わんばかりの古そうな皿や壺ばかりではなく、使わなくなったぬいぐるみや机、着なくなった衣類や読み終わった本など様々だ。

 一体どんな隠れたお宝が見つかるだろうかというワクワクした気持ちを抑えきれずにマニは駆けだしそうになる足を堪えて区画の一つ一つを丁寧に見て回った。

 骨董市やフリーマーケットというイベントに顔を出すのは初めてだ。話には聞いていたが、マニは思った通り素敵な催しだと感じている。

 物を大切にすることはいいことだ。ただ、使わないのであれば仕舞ったままにするよりも他の大切に使ってくれる人へと渡してしまった方がいい。それは物にとっても。

 だからずっと来てみたかったのだ、こういう場に。

 マニはふと、とある区画で立ち止まった。

 売り子は妖精族フェアピクスのエティプス人の少女。ヤミよりも一回りほど小さく、背中にトンボのような翅が生えている。

 その翅を小さく震わせながら、少女はつまらなそうに椅子に座って通りがかる人たちを眺めているようだった。


「いらっしゃぁい」


 やる気のなさそうな声は明らかに乗り気でないのに売り子をさせられていることを窺わせる。

 実際の店主は彼女の父だそうで、今は他の区画を冷やかしに行っているそうだ。

 特に聞いてもいないのに語りだした少女の声を適当に聞き流しながらマニはさっと商品を眺める。

 小柄なエティプス人に合わせて作られた小さな机と椅子のセット、少女がもっと小さいころに着ていたであろう子ども服、大人用ではあるがあまり着なかったのであろう衣類、欠けがあると注意書きの添えられた十二揃いにならない食器、少しくったりとしたクマのぬいぐるみや人形、小難しそうなタイトルの分厚い書籍が数冊……。

 品揃え自体はそれほど珍しいものはない。

 ただ、一つだけマニの目に留まったものがある。


「これは美しいね!」


 そう言って手に取ったのは布製の入れ物。表面に細かな刺繍が施してあり、マニは気付かなかったがとあるフレー人集落で交易用に手縫いされる民芸品の一つだ。

 鮮やかな色の金糸で縁取りされた名前のわからない鳥の図柄は見事なもので、新しいものであったのならなによりも目を引くこと間違いなしの逸品だろう。

 惜しむらくはマニの手の中にあるそれは古びていて、少々草臥れている。だがそれは今まで愛用されていたからだろうというのがわかるものだ。マニが忌避するものではない。

 マニは手に取った入れ物をまじまじと見つめ、裏に表にとくるくる回す。

 裏面には小さな草花の刺繍がされており、それがまた素敵だ。

 ぱこんと音を立てて蓋になっている部分を開ければ、中からいくつかの文房具が出てくる。

 丈夫な天然木から作られた筆だ。使い方としては万年筆と変わらないそれは古びているもののまだまだ使えそうに見える。

 それから数本の色鉛筆。妖精族の魔法がかかっているのか、見た目よりもずっと長く描き続けられるちょっとお高い民芸品だ。これもまた古い。今も生産されているのだろうか。

 こんなに素敵なものが早速見つかるなんて、とマニは無い心臓を高鳴らせた。


「これ、いくらかな」

「んー、銀貨一枚と銅貨三枚でいいよ」

「それだけでいいの!」


 マニは文字通り飛び上がって目を丸くした。

 確かに古びているし、よくよく見れば入れ物にインク染みもある。それでもそんな安価で売られていいものではない品のはずだ。

 だが売り子の少女は興味なさそうに頷くだけ。


「うん。だってそれ、もう使わないもの」

「なんてもったいない……いや、これからボクが使えばいいだけのことか」


 マニは懐からヴァーンの財布を出して、そこから銀貨二枚を取り出し少女の手に乗せた。


「おつり」

「いらないよ、とっておきたまえ!」


 ふふんと格好つけていつぞや見た絵本のキャラクターのように言ってのけると、マニは嬉しそうに布の入れ物を鞄に詰め込んだ。

 その区画を離れて再びあちこちへ視線をやる。

 楽しそうなマニの様子を見て、ヤミは小さく「たのしい」と呟いた。


「もちろん、楽しいよ! だってこんなに美しいものが溢れてるんだ。ずっとここにいてもいいくらい!」

「……ダメ」

「ううん、流石にずっとは無理かな。他の街の骨董市だって見てみたいし」


 他にもしてみたいこと、行ってみたい場所はたくさんあるのだ。この街にだけこだわっている暇はない、とマニは胸を張った。

 骨董市の広場から少しだけ離れて、木漏れ日の差す木の陰に身を寄せる。

 そしてマニは先ほど買った布の入れ物を鞄から出した。


「ヤミ、見てごらんよ」

「?」


 木漏れ日の光にかざすようにして、マニは入れ物を持ち上げた。少しだけ角度を調節しながらヤミにも見やすいだろう高さに掲げる。

 きらり、となにかが光った。


「……光」

「そう。表面に鳥が刺繍されているけど、この鳥の目はなにかの石が使われてるんだ。美しいだろう?」


 ん、とヤミも小さく頷く。

 それを見てマニは満足そうに口角を上げる。

 陽光に照らされて鳥の目が青のような、緑のような色で光る。言った通り、なんの石かはわからない。だが、綺麗だ。


「こんなに美しいものの価値がわからないなんて、地上の奴らの目は節穴なのかもしれないね」


 マニはくふくふと笑う。

 この筆でまずはなにを書こう。今から考えるのが楽しみだった。

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