第26話 救済

悪魔に負けた。


『あの日僕は消滅するはずだった。』


薄れゆく意識の中、これから先の人類を想像し結末を嘆いた。


『少し経って僕は目が覚めた。』


何者かの中で目を覚ました。それはとても小さくて自由で何も知らなかった。

小さい生き物、確か猫というのだったね。


『僕は見続けていた。』


この猫は自由だ。

飢えないために人間の願いを叶え、悪魔によって変えられた世界を自由気ままに歩き回った。


そのうち人との関わりが増えていった。


『そんな生活を僕は楽しんでいた。』


苦しんでいる人類がいたというのに、助けようと思わず猫の生活を見て楽しんでいた。


天使として僕は失格だろう。

我が主に、人類を守るようにと言われた僕はそれを破っているのだから。


『僕は聞くことにした。』


猫に何をしたいのか、と。

この小さい体で、天使の力という強すぎる力を持ってしまった存在に、天使としての責務を課したくなかった。


『綺麗な魂だ。』


猫が願いによって共に過ごすことになった少女はとても魂が澄んでいた、これほど綺麗な魂は久しぶりだ。


『この子の主になれそうだ。』


最初は強制だったのだが今では心を許してる。

今まで見てきた中で1番懐き、守ろうと考えていた。この子を逃したら主になりうる存在は現れない、そう思うほどに。


だが少女も辛い悩みを抱えている。

そろそろ夢で会わなくては、取り返しのつかないことになるかもしれない。


『夢を見た。

猫が深く絶望し、ただの機械になる夢。』


僕も覚悟を決めよう。

天使としてできる最後の仕事だ。


現実で実体を持つのは久しぶりだ。まぁ、この体も偽物だけどね。


僕が言いたい事は猫には伝えた、後はどうなるかわからない。だって僕は消滅するから。

でもきっと大丈夫、この子達なら。


あぁ、どうか…

この2人に、幸せが訪れますよう……


ーとある天使の独白ー



「なぜだぁぁぁぁ!!」


この場の全員が少しの間固まっていた、最初に異形が叫びながら天使へと襲いかかった。


「少し、離れよう…」

「天使がぁぁ!

なぜぇぇ、残ってる?!?!」


猫は静奈にバレようが気にせず全力を出すと決めた。


力を異形の方へ放出し吹き飛ばした。


「動けや!この雑魚が!」


それだけで異形は形すら保てなくなっている。

声の主が異形へと怒り、飛び散った体を必死に集めて姿を戻そうとしている。


だがもう決着はついたようだ。


「終わり…」

「あぁ?!終わりだぁ?この羽虫が!

これからなんだよ、人類ごと叩き潰してやるから覚悟しておけよ?」

「そんなの、知らない。」


最後の煽りは猫には響かない。

確かに猫は現在で唯一の天使の力を持っている存在だが、人類を護るとは一切考えていない。


異形のいる場所へと手を向け重力を強くする、異形は潰れて声も聞こえなくなった。


「戻らないと。」


静奈はさっきまでと同じ体勢で倒れていた。


「終わった。」

「ありがとう、ございます…」


タッタッタッ


「みんなを、助けてください…

お願いです…」


駆け足で近づく猫を止めたのは静奈の言葉だった。

それは直ぐに願いへと代わり、また増えていた静奈の白オーラが猫へと移動する。


「何故だ…」


だが今の猫には無駄なこと。

その願いを叶える気などない、それどころか少しの怒りも湧く。わざわざ虐げた奴等を助けたいという静奈へと。


「…!」


それを自覚した猫は深呼吸して気持ちを落ち着かせる。


「何故助けたいと?」


理由を聞かねばならない、共に逃げるのなんてその後でもいい。


「なんで、だろう…」

「……」


思わずポカンとしてしまった。


「護られている事を知っているのに、貴方を虐げた人間達を?

本当に助けたいと、それは貴方の意志なのか?」


更に踏み込む。


「私ね、家族ができたの。

最後にお母さんに会った日も、もう覚えてない。

選ばれちゃったから、頑張らないと、って…」


泣いている。

涙は出ていないが確かに…


たまらず近寄り膝枕をする。

その時に軽く治療することを忘れない。


「でもね、寂しかった。

温かいご飯だって食べたかったし、誰かに抱き締めてもらいたかった…」


最近増えてきた弱音だ。

でもその声には悲しみなどのマイナスな感情だけではない、大切な事を思い出すような特別な感情も入り混じっている。


「最近ね、夢の中だけど、それが叶ったの…

天使様が、叶えてくれたんでしょ?だからもういいの…」


(あぁ、もう無理なのか…)


治療したあと無理矢理連れて逃げてしまったら、静奈は完全に壊れてしまう、そんな予感がした。


静奈の過去に何があったのか、それを猫は知らないから何故ここまで守ろうとするのかがわからない。

ただわかるのは静奈にとって此処は大切な場所なのだ。


(馬鹿だ私は…)


こんな時でも自分の欲を隠したく思うのだ。


静奈には最後まで綺麗な存在だと思われたい。

もし猫の欲を静奈に言えばきっと着いて来てくれる。だが猫は人を助ける気は無い、もしかしたら恨まれるかもしれない、そんなのは嫌なのだ。


(もう諦めるしか、無い…)


自分の心を自覚した猫にとってこの現状は苦しい物だった。

今できるのは静奈が決めたことだ、そう考えて最後まで共にあろうと寄り添うことだけだ。


「あぁでも、」


それだけだと思っていたから、


「猫ちゃんと、」


この言葉は、


「もっと一緒に居たかったな…」


とても嬉しかった。

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