第18話 温かいオムライス

走る、走る…


(止まらない、本当に何があったんだ。)


静奈と猫は走り続けていた。


人の身体では追いつけないと悟り、途中から猫の体へと戻っている。

人にバレないように裏路地に入ってだ。


(あんなになるなんて…)


今の静奈は、はっきり言って壊れかけている。

心が限界なのだろう、ある程度走ったと思ったら急に止まったり、無表情が笑顔に変わったりする。


静奈の異様な雰囲気に、周囲の人間は話し掛けないし、近づきもしない。


「猫ちゃん…」


たまに猫を呼ぶ、そうする事でギリギリ耐えているのだ。


(言葉にしてくれないかな。)


猫ならば静奈の状態がなんであれ、直ぐに治す事ができるだろうが、それは願いを叶えるという大義名分があればだ。


しかし走ってる間にそれらしき言葉は言わず、静奈の家へと到着してしまった。

山道で数回転び、服はボロボロになっている。


「猫ちゃーん!」


玄関を開け、猫を呼ぶために叫ぶ。


「猫ちゃーん?!猫ちゃーん!!」

「にゃー!」

「猫ちゃん!」


廊下を走りながら猫を呼ぶ静奈に向かって鳴くと、少し乱暴な感じで抱き上げられた。


「ふわふわだ!」

「にゃん。」


猫の毛に顔を埋めながら独り言を話す。

小さい声で囁く様な喋り方、猫の毛で上手く口が動かせていないのもあって上手く聞き取れない。


「疲れた…」


「何の為に頑張ったんだろ…」


「結局、ママもパパも会いに来ない…」


普段の静奈からは考えられない程に溢れ出る弱音。

だが願いへと昇華させられそうな物は少ない、出来る事と言えば疲れを取るぐらいだろう。


(少し、時間が必要か…)


猫ならば無理矢理にでも正気に戻すことは可能だ。

嫌な事があったなら忘れさせればいいし、

嫌な物があるなら消せばいい。


それをしないのは静奈が消えてしまう可能性があるから、願いが関係ない猫の意思で過度な干渉は危険なのだ。


これほどまで自身の力を不便だと思った事は無い。


もちろん猫は願いにできそうな言葉を逃さない様、呟きは全部聞いていた。


「寝る…」


状況が変わった時には、陽が沈み真っ暗な夜になっていた。


「……」zzz

「ここでか。」


猫は強制的に人型となった。

今は静奈が頭を抱きしめる形でかなり苦しい体勢になっている。


「体が痛くなる、布団に行こう。」


優しく静奈の腕を頭から外し、抱き上げる。


「はぁ、意識しないと暗すぎてよく見えない。

この体になった時のデメリット。」


静かな廊下を歩き、寝室へと入り。


「イタッ。」


鈴を踏んだ。

かなり痛かった、電気を付けてしっかり確認する、2度は無い。


「しっかりと片付けるべきだっtーー」

「……」


腕に抱いていた静奈と目があい、猫の言葉は遮られる。

さっきまでは確かに寝ていたが浅い眠りだったのだろう、全てが猫のせいでは無いだろうが目が覚めてしまったようだ。


「「……」」


(やばいバレた!)


お互いに目を合わせてピクリともしない。

しかも猫は焦ってしまい耳がピクピク動いている、静奈はボンヤリと動いている猫耳を見ていた。


「お腹、すいた…」

「…!何か作りましょうか?」

「オムライス…」


パチン!


願いを聞いた猫が指を鳴らすと部屋の様子が変わる。

机と椅子、そしてキッチンがある部屋となった。


「ここで待っていてください。」

「ぅん…」


キッチンにはオムライスの材料が用意されており、直ぐにでも調理に入る事ができる。

願いの力により作り方も理解できた。


(あぁ、そういう事か。)


普通にオムライスを出さず作る事になったのは、静奈が願う前、猫の何か作りましょうか?と言う問いかけが影響したのだろう。


まずチキンライスを、と思ったが鶏肉では無くソーセージ。


(広く見れば同じ肉だけど、まぁいいか。)


此処は願いを叶える空間、間違いなど無い。


「どうぞ、お水です。」

「……」

「待っててください、直ぐに作ります。」

「……」


水を入れたコップを目の前に置くが、ボーッと座っている。


心配だがオムライスを作り始める。


火をつけ材料を炒めると、部屋中にいい香りが漂い始めた。


猫が料理をするのはかなり久しぶりだが、予想以上に楽しい。

まぁその時の願いが『パーティー用の料理を大量に作って欲しい』で、2度とやらないと決意するほど疲れたのだ。

楽しむ余裕などなかった。


過去を思い出して気持ちが少し落ち込んだりもしたが、もう卵を掛ければ完成する。


「よし。」


最後にケチャップでハートを書いて終了。


(好きな人にはハートをつける。)


オムライスの情報欄にあったのを試したらしい。

猫は人間の好きを理解していない、良い人間という意味で捉えたのだろう。


「出来ましたよ、どうぞ。」

「……」


目の前にオムライスを置き、机を挟んで向き合う様に座る。


「「……」」


食べない。


(冷めちゃうから食べて欲しいのだが。)


「……」


しばらく様子を見るが食べる気配は無い。

スプーンを持ち、オムライスを掬うと静奈の口元へと運んだ。


「温かいですよ。

ゆっくりで良いので口を開けてください。」

「……」

「卵はとろとろで、ソーセージが入ったオムライスです。」

「ぁ……」


少し開いた口にソーッとオムライスを運ぶ。

すると焦点のあっていなかった目がオムライスを見て、スプーンを持つ猫の手からスプーンを受け取った。


「あった、かい…」

「出来立てですから。」

「美味しい…」


泣きながらもオムライスを食べ続けた。

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