第16話 初めまして

静奈が連れて来られた場所は大きめの学校の様な場所だった。

会議室がいくつかあり、体育館と同じくらいの大きな部屋が2つ。


「今回は新たに増設された部署で、ひたすら神力を込めてもらいます。」

「はい、わかりました。」


会議室から話し声と様々な作業音が漏れ出ている。

そんな少し騒がしい廊下を歩きながら、静奈が今日やる事を説明されている。


「あの…」

「………」


気まずい。

自分の評価は理解していたはずだが、前に来た時よりも遥かに悪くなっている。


原因は分かりきってる。

現在この地区にいる唯一の巫女なのに、力が弱くて皆んなの期待に応えられていないから。


ガチャ


「この部屋です。それでは…」

「ありがとうございmーー」


バタン!


お礼すら言わせてもらえなかった。


「あらあら、可哀想に…

ゲガはないかしら?」

「え、は、はい!」


優しい声に驚きながら振り返る。そこに居たのは眼鏡をかけ、とてもスタイルのいい女性。


「貴方が巫女ちゃんね。

名前を聞いてもいいかしら?」

「はい!静奈です。」


嬉しい、そんな気持ちが溢れ出る。

もうずっと前から、人に優しくされる事なんて無かった。


静奈自身も諦めていたはずだが、心の何処かでは静奈に対する嫌悪感を全く感じさせない会話に飢えていたのだ。


「フルネームは?」

「…天宮、静奈です……」


静奈は泣いていた。

いつからか両親の名字を名乗らせてもらえなくなり、今では天宮を知ってる人の方が少ない。


このまま消えてしまうのではと思った、家族の繋がり、人との繋がりが…


その不安を目の前の女性は吹き飛ばしてくれた。


「初めまして、私は氷って呼ばれてる。

よろしくね天宮さん。」

「はい。

よろしくお願いします、氷さん?」

「ふふふ、どうして?がついてるのかしら。」


久しぶりに人の優しさに触れられて、嬉しくて、これが夢なのではないかと本気で思ってしまっている。


「さてと、時間は有限だしやってもらう事の説明をするね。」

「頑張ります…!」


前回は、ただひたすらに祈り続けるだけだった。


だが、それは3日間不眠不休での話。

やり切った後に静奈は倒れ、荷物を運ぶかのように家へと送られた。


「ふふ、怖がらないで大丈夫よ。」


その不安が顔に出ていた。

頭を少し撫でられ、大きめの椅子へと座らせられた。


「今から右腕に機械をつけるわ。

体調が悪くなったり、異常が起きたらすぐに言ってね。」

「はい。」


右腕にコードが繋がったシールを貼っていく。


カタカタ


シールに付いてるコードが繋がっている先のパソコンを氷が操作する。

冷たく、体温が奪われている感覚が静奈を襲い始めた。


「少し、寒いです…」

「了解…これでどう?」


寒さが和らぐ代わりに、息がしづらくなる。


それから色々と試行錯誤をし、静奈に負担が掛からなくなるまではかなりの時間を要した。


「第一段階お疲れ様。」

「氷さんも、お疲れ様です…」


荒い呼吸を繰り返しながらも、しっかりと返事を返す。


「少し休憩したら、抽出を始めるからね。」

「抽出…?」

「ん?あぁ、そうだった。

シールを貼るのに夢中で話忘れてたわ!」


1枚の紙を取り出して説明を始めた。

その紙には、静奈には難しい漢字と数式など、大量に書いてあって説明を聞いても半分も理解できなかった。


「うーん。

分かりやすく言うと、天宮さんのデータから神力を取り出すメカニズムを割り出す為の実験なんだ。」

「そうなんですね…?」


やはり理解できない。

難しいだけでは無い、唐突な睡魔に襲われて考えが纏まらない。


「眠気が襲ってくるのは想定外ね…」ボソッ


目を開けていられない、寝ないよう努力するが限界が近い。


「眠いなら寝ちゃってもいいわよ?」

「ほん、とうに…?」

「嘘なんて言わない、ほらおやすみ。」


静奈が完全に眠りに落ちるまで時間は掛からなかった。

目を閉じ、意識がなくなったのを確認した氷からは先程まで浮かべていた優しい笑顔が消えた。


ガシャーン!


「かなり苦しめた筈なのに耐えるなんて、

本当につまらなかったわ。」


近くにあった椅子、机、パソコンを投げたり蹴ったりしてイライラを収めようとする。


「はぁ、はぁ…」


部屋はグチャグチャ、怒っている表現はイライラを感じる事ができる無表情とへ変わった。


「私の予定では泣き叫ぶ筈だったのに、この忍耐力はおかしいわ。」


氷は冷静になった頭で原因を考える。

静奈に貼ったシールの力はそんなに優しい物では無い、あれの行なっている事は魂を削る作業、かなりの苦痛のはず。


「はぁ、これは仕方ないわね。

悪夢を見せる方向でいきましょう、起きた時が楽しみだわ。」


とある資料を、わざと静奈が見える所かつ1人で取れる場所に置いて仕込みは完了。


「周りには味方は居ない、そこに現れた味方になってくれそうな人間が実はーー

ふふ、どれだけ絶望してくれるかしら。」


資料のタイトルは、

『神に愛された者』のエネルギーを効率良く取り出す実験。


条件の欄を見ると、

感情の起伏により、回収に大きな差が生まれる。

それが喜びなどのプラス感情か、悲しみなどのマイナスの感情かはわかっていない。


今回はプラスの感情の実験である。

氷博士には、巫女と親交を深めてもらう、苦痛かも知れぬが頑張りたまえ。


「良い出来ね。」


これは全て氷が作り出した偽物の計画書。


「あぁー!

巫女ちゃんが起きるのが楽しみだわ。」


氷の静奈を見つめる目は明らかに見下している。

まるでペットや玩具を見ているようだった。

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