エディア港
思いがけずにティロとジェイドを結びつける証拠を手に入れてしまい、フォルスとセラスは呆然と闘技場から港まで歩いてきた。大きな橋を渡ると、それまでの街並みの雰囲気と変わった。
港はリィア軍によって復興がなされていた。それほど年数の経っていない建物からは災禍の当時の面影は見受けられなかった。同じ場所に立っているはずなのに、ジェイドが見ていた港がここにはないことが2人には寂しく感じられた。
2人は案内図を頼りに港の端に位置する管理区へ向かって歩いていた。ここから本島へ繋がる非常通路が存在していて、当時管理区にいた者の多くはそこから逃げることができたそうだった。更に管理区に火の手が回るのが遅かったことも生存者が多い理由に繋がっていた。しかしその後結局管理区も燃え落ち、倉庫や船の積み荷に関する資料は一切が失われていた。
「もう偶然では片付けられないね……」
非常通路は海の上に浮かぶ浮きとロープで出来た簡易的なものだった。現在は老朽化のため使われていない非常通路を眺めて、フォルスが呟いた。
「これで確定ですね……本当にデイノ・カランの孫だったなんて……」
セラスの瞳に涙が滲んだ。クライオで夜中に稽古をしていたときのことを思い出す。
「私、酷いこと言ってました。デイノ・カランも知らないのか、って。すっとぼけて、そんな奴知るかって……どんな気持ちで言ってたのかと思うと、私……」
おそらく誇りに思っている祖父のことを「知らない」と言わなければならなかった彼の心境が如何ばかりのものだったのかをセラスは想像することもできなかった。
「ひどいのは僕の方だよ。何て顔して謝ればいいのか、全然わからないんだ」
フォルスの声にも涙が混ざっていた。
「何を言ったんですか?」
「あんたに僕の気持ちがわかってたまるかって。そしたら、他人の気持ちなんかわかるはずねえだろ、察してもらおうとなんかするなって何だかすごく怒られたんだけどさ……」
堪えきれずに瞳から大粒の涙が零れてくる。
「多分僕の気持ちを世界で一番わかる人だったんじゃないかな。国を亡くして、帰るところもなくて、名前も名乗れなくて……おまけにあの人は家族も全員殺されて、自分も酷い目にあったのにたった一人で生きてきたんだ。僕なんかよりずっとずっと酷い目にあってるのに、僕ときたら……」
フォルスは袖で涙をぬぐった。
「言ってくれたらよかったのに……そうしたら僕は、もっと素直になれたかもしれないのに……」
「多分、貴方に遠慮したんでしょうね。正体を明かせば、必ず貴方はあの人に遠慮します。そういうのが嫌だったんでしょう」
セラスは港から見える青い海をしみじみと眺めていた。
「そうかもしれない……喧嘩もたくさんしたけど、確かにあの人、いつも目まぐるしくあちこちに目をつけて、何だかんだって話してました。思えばよく喋ってたな……僕を寂しがらせないようにしてるんだと思ってたけど、あれは素だったのかな。それとも、あの人がすごく寂しかったのかな……」
「どっちも、でしょうね。何だかんだって構って欲しかったんでしょう……身に覚えがありますよ。寂しくて寂しくて、すごく苦しくなるみたいです。寂しさは限界を超えると、身体に影響が出るって聞きました」
フォルスはセラスから聞いたシェールの話を思い出した。国王の血を引いているはずなのに捨て置かれた兄妹と、やはり同じく王族であるにも関わらず薬に頼らなければいけないほど精神がすり減っていたジェイドと、どうしても自身の境遇を比べてしまう。
「僕なんか……恵まれてるんだなあ」
フォルスは少なくとも12歳までは世間的に不自由のない暮らしをしていた。それ以降も王子としての素を出しても平気な男が保護者としてしばらく着いていてくれた。今でもセラスは身元不明のキオンではなくフォルス第二王子という身元を知った上で接してくれている。
「何言ってるんですか、貴方は貴方の苦しみがあるんですよ。私にも、誰にでも、それなりの苦しみが、それなりにね」
「それでも……僕はあの人の苦しみと向かい合わないといけないんだ。一体どこで何をやってあんなことになったのか知らないけど……」
またフォルスが落ち込んでいるのを察して、セラスは気分を変えるためにジェイドとアルセイドが駆け抜けたと思われる場所を歩いてみることを提案した。管理区を抜けると、海側には倉庫街、本島側には住居区があった。
「港というよりひとつの街ですね」
「これだけのものが一気に失われるなんて、考えたくないね……」
港の方へ目を向けると、積み荷を運ぶ馬車の他に線路が敷かれ、倉庫街から本島へ向けての臨海鉄道が走って行くところであった。現在は通行用の橋の他に、臨海鉄道用の鉄橋も造られたようだった。
再び大きな橋の前を通った。災禍時にこの橋は避難する人で溢れかえり、かえって危険な場所になっていたそうだった。
「この橋は渡れなかったって言ってましたね、その代わり燃える住居区を通って管理区まで走って行ったって……」
「あまりにも無謀すぎるけど、それでも彼らはその賭けには勝ったんだ。その後の賭けには負けてしまったけどね」
2人はそのまま港の端まで歩いて行くことにした。20年前、本島に避難する人の群れから少年が2人燃えさかる街へ再び飛び込んだ光景が目に浮かぶようだった。
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