夜風
災禍が元で兄2人と母を亡くしたラティの話を聞き、2人はカルディア家の墓標の前に立ち尽くしていた。
「やっぱり違うよ、これだけ帰りを待っている家族がいる人がキアン姓になるわけがない」
「そうですね。私もそう思います」
フォルスとセラスは尋ね人がティロ・カルディアではないことを結論づけた。
「でも、結局あの人に繋がる手がかりも何もなかったね」
フォルスは再度墓標に向き直った。ラティの話によると、この墓に納められているのはラティの母親のみで、息子2人は名前のみが記載されているだけのようだった。
「ねえ、君は知らないかな? 君の名前でリィア軍の上級騎士にいた変な奴のことなんだけどさ……」
2人は墓標へ祈りを捧げた。墓標は何も語らなかった。
***
公営墓地から宿に帰る途中、明らかにフォルスは落ち込んでいた。
「結局振り出しですね……」
「まあいいじゃないですか、違うということがわかっただけで」
セラスは今後どうやって尋ね人であるティロ・キアンについて迫るかを考えていたが、フォルスの顔はそれどころではなさそうだった。
「どうしたんですか?」
「……別に、なんでもないよ」
ちょうど語り継ぐ会が行われていた広場に差し掛かった。壇は撤去されていたが、20年の節目ということで広場に設置されている大きな慰霊碑にはたくさんの花が手向けられていた。
「ねえお母さん、お花がいっぱいあるね」
慰霊碑の前で小さな女の子が母親に話しかけていた。
「そうね。お母さんがあなたくらいの時、たくさんの人が亡くなったの」
「なんで?」
「大きな火事でね……お母さんにはお姉さんがいたのよ」
「お姉ちゃんがいたの?」
「そうよ、今はここにいるの」
「お花の中に?」
「きれいね。お姉ちゃんも、きっと喜んでいるわ」
母娘の様子をぼんやり眺めているフォルスを見て、セラスはやはりシェールの懸念通りになったのではないかと一気に不安になった。
「しっかりしてください、平気なのではなかったんですか?」
「え、ええ……うん」
フォルスは頭を振ると、セラスに向き直った。
「ごめん、少し一人にしてくれないかな」
「ダメです。そう言っていなくなった人がいるんですから」
セラスはフォルスの申し出を却下した。
「そう言えば、そうだったね……」
フォルスもティロが消えた顛末はシェールから聞いていた。ライラは何度も「やはり一人にするべきではなかった、私のせいだ」と泣いていたようだった。
「僕、そんなにいなくなりそうかな?」
「ええもう、自責の念が体中を駆け巡ってるのがよくわかりますよ」
「そんなつもりはないんだけどな……」
「そういうのが一番タチが悪いんですよ」
セラスは頭が働いていないようなフォルスの手を引いて強引に宿に戻った。
***
「!?」
身体全部がねじ切れるような感覚で目が覚めた。全身が汗で濡れ、全力疾走をした後のように心臓が高鳴っていた。暗闇の中で隣を見るとベッドの脇でセラスが座り込んで眠っていた。フォルスは宿に戻ってきた時の記憶を辿っていた。
(そうだ、心配だからってしばらく付き添ってくれたんだった。僕は女の人を床に寝かせて……最低だ)
部屋は2つ取ってあったが、セラスは不安定になっているフォルスから目を離すわけにはいかないと自分の部屋に帰らなかった。何度大丈夫と言ってもセラスは聞かず、気がつけば自分はベッドの上に倒れていたようだった。
(確かに、思ったよりも僕にとってこの状況は厳しいのかもしれない)
まさか悪夢で跳ね起きるとは思わなかった。いつの間にか掛けられていた毛布をセラスにかけて、フォルスは窓を開けた。高台にある宿からは月明かりが傷ついた街を照らしているのがよく見えた。港から吹いてくる海風が火照った身体を覚ますようだった。
「いいなあ、兄さんは」
誰にともなく窓の外に向かって呟いた。
「兄さんは、この人たちを見ないで、死んだんだ。何も知らずに、自分が何者なのかも理解しないで、知ったつもりになって、死んだんだ」
「死んだって何も解決しないよ。エディアの王家がそうだったんじゃないか」
「オルドの王家はどうだった? ビスキの公爵家は? 一体彼らは何をしたんだ?」
「父さんはもちろん知っている。自分たちが何をしたのか」
「一体、20年前に何があったって言うんだ? 僕が生まれるずっと前に」
「エディアを占領して、お爺様は一体何がしたかったんだ? 革命狩りをしていたんじゃなかったのか?」
「どうして僕は生まれたんだろうな、生まれてこなきゃ良かった」
「そうでないと、エディアの人たちに申し訳が立たないよ……」
「だから大変だって言ったじゃないですか」
いつの間にか起きていたセラスに弱音を聞かれてしまい、フォルスは咄嗟に誤魔化そうとしたが言い訳は全く出来ない状況だった。
「貴女は、今日何を思いましたか?」
フォルスはせめてセラスが災禍の被害を目の当たりにして何を思うのかを知りたかった。
「私ですか? 私は、そうですね……私も家と家族を亡くしているので、他人事ではないですかね……」
「家族って?」
「父と兄と……あなたと同じです」
再度項垂れるフォルスの肩をセラスは撫でた。
「その気持ちを、あなたのお父様とお兄様が代わりに背負ったんです。特にお父様は、災禍の日からずっとその気持ちを持っていたんですよ」
言葉だけで慰めても無駄であると思ったが、セラスはフォルスに声をかけないではいられなかった。
「少し休みましょう。ずっといろいろ考えて疲れたんですよ」
「嫌だな……全く格好が付かないや」
フォルスは自分が心身共に弱っていることを認めるしかなかった。
「ちょっとわかりましたよ、あなたの気持ち」
セラスはエディアの海から吹いてくる夜風を受けながら話し始めた。
「何ですか?」
「私もそうでした。何か別のことを考えないと悲しみに押しつぶされそうになるんです。あなたの場合、それがティロさんを探すことだったんじゃないですか?」
フォルスは答えなかった。
「さて、どうですかね……僕はあの人に本当に用事があるだけなんです。手がかりもなくなったし、少し休みながらこれからどうするか考えますよ」
フォルスはセラスの厚意が特に心に染みて、彼女の前で少し泣いた。
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