遺族
災禍はリィア軍の陰謀であるという言説を聞き、元気のなくなったフォルスにセラスは声をかけた。
「いいですか? 私たちはティロ・カルディアの調査に来たんですよ、忘れたんですか?」
「貴女にだけは言われたくないですね……」
フォルスも当初の目的を忘れたわけではなかった。
「とにかく、彼について調べましょう。被災者会館で調べればお墓と遺族の住所はすぐわかりそうですから」
2人は早速被災者会館に向かった。被災者会館には災禍の資料がたくさん展示されていて、当時の証言がまとめられた膨大な資料があった。最近まではそのほとんどが閲覧不可となっていたが、新リィア政権発足後に新たな資料が公開されたことで改めて災禍の調査が行われているところだった。
ティロ・カルディアの墓の位置と遺族の住所はすぐにわかった。多くの犠牲者は郊外の公営墓地に埋葬されていたが、身元不明の遺体はあまりにも数が多かったためにすぐに焼却され、遺灰が合同の慰霊碑へ納められていた。当時は「焼け死んだのにこれ以上焼く気か」と批判が相次いだが、増える遺体への対処のためには致し方ないことであった。
「しかし、お墓があるなんて意外でしたね」
「うん、行方不明と聞いていたからてっきりないものかと思っていた」
2人はまずカルディア家の墓を訪れることにした。公営墓地にはたくさんの白い墓標が並び、どの墓にも大体きちんと花が供えられていた。
「どれもこれも同じような造りで、同じくらいの古さなんですね……」
セラスは同時期にたくさんの人が埋葬されたことを実感して、ため息をついた。フォルスは何とか体裁を保っているようだったが、相変わらず元気のないままだった。
「確かこの辺りのはずなんだけど……」
「待ってください、誰かお祈りしてますよ」
カルディア家のものと思われる墓に佇む女性の後ろ姿を見て、二人はどきりとした。それは尋ね人と同じ、灰色の髪の女性であった。
「あの、すみません。僕ちょっとこういう者なんですけど」
例の新聞記者見習の名刺を取り出し、フォルスは意を決して女性に話しかけた。
「今災禍の取材をしてまして、遺族の方から当時の話を聞いて回っているんですけど、お話伺ってよろしいですか?」
振り返った女性は名刺を受け取ると、戸惑いながらフォルスに応じた。
「はい、少しなら……」
女性が応じたことでフォルスは内心で拳を握りしめた。
「お名前は?」
「ラティ・カルディアと言います」
ティロ・カルディアの妹のラティは不思議そうな顔でフォルスを見つめた。
「災禍の年にあなたはおいくつでしたか?」
「あの日のことですか……私、6歳だったんですけどよく覚えていないんです。大きな火事だからって父と母と急いで避難して、それからずっと避難所にいたんです。大きな音が何度かして、すごく熱かったのは何となく覚えているんですけど……お役に立てなくてすみません」
ラティは申し訳なさそうにした。
「いえ、それでご家族はどうだったんですか?」
「父と母は一緒に避難したので無事だったんですけど……兄が2人、港にいました。今でも行方がわからないんです」
「どんなお兄さんでしたか?」
フォルスは少しでもティロ・カルディアについて聞き出そうとしていた。
「兄のこともそれほど覚えているわけではないのですが……2人とも優しかったです。よく一緒に遊んでもらった記憶があります」
「お兄さんたちは剣技を?」
「確か……上の兄の友達に誘われて港の修練場に2人で行ったんです。その日の朝、確か私だけ置いて行かれるのが不満で兄に怒った記憶があるんです。そうしたら、帰ってきたら遊んでやるからって行って出かけていって……それきりです」
「そうでしたか……」
やはりティロ・カルディアの言動は尋ね人とは一致しそうになかった。
「兄と言えば……もし記事にしていただけるなら、母のことを皆さんに知ってもらいたいんです」
「お母様のことですか?」
「ええ……兄のことはあまり覚えていないのですが、母のことは忘れられないんです」
フォルスの記憶によれば、災禍の犠牲者に母親の名前はなかった。
「お母様はご存命なのでは?」
「亡くなりました、災禍から半年後です」
「どうしてですか?」
ラティは自身の母について語り始めた。
「災禍のあの日、私たちは連絡のとれない兄たちを心配することしかできませんでした。港は激しく燃えているとだけ言われて、探しに行くこともできなかったんです。それから私は助かった親戚に預けられて、父と母は毎日兄の行方を探していました。あちこちの避難所を回って、尋ね人の張り紙を出して、私のエドとティロはどこって特に母は必死で探していました」
「同じく港の修練場へ行ったという子供たちが1人も戻ってきていないことから、私たちは彼らに何があったのかはわかっていたんです。それでも母親というのは諦められないんです。聞いた話では、港でずっと瓦礫をかき分けていた人もいたそうです。もしここに埋まっているなら、可哀想だから出してあげないとって。何ヶ月もしてから何とか瓦礫をどけると、誰の物かわからない骨がいくつか見つかったみたいです」
「私の母は毎日兄を探しました。兄がいるんじゃないかって何度も何度も避難所を回っていました。それに父は付き合って……父は半分諦め、半分は母をどうするか考えていたようです。もし遺体でも出てくれば諦めも付くのでしょうが、兄は本当にどこに行ってしまったのか、完全に姿を消してしまったんです」
「それから母は物も食べられず、眠ることもできなくなって、ただ兄の名前を繰り返し呼んで、そうやって半年後に、兄の元へ旅立ちました。父は最期の母の様子を見ながら『よっぽどあいつらが心配だったんだな』と泣いていました」
「今でも夢に見るんです。兄が帰ってきて、一緒に遊ぼうって言うんです。私はすっかり大人になってしまったというのに、兄はまだ子供で……11歳と9歳でした。母が諦められない気持ちもわかるんです」
「ただ、ここだけの話なんですけど、私という存在がいたのに兄のところへ行ってしまった母が恨めしくもあります。私は一体何だったんだろう、母のために存在出来たのかなって思うと、私自身も情けなくて……父も最近はすっかり弱ってしまって、私はこの先どうしたらいいのかよくわからないのです」
「だからどうって話でもないのですが……私の母のように、災禍で直接怪我をしたわけじゃないんですけど、災禍によって亡くなった人がいるってことを知ってほしくて……どうしても皆さん派手に怪我した人なんかばかり話を聞いている印象があって、すみません」
ラティは2人に深く頭を下げると、墓標を後にした。墓標にはラティの母親であると思われるメリア・カルディアの名前、それとエド・カルディアとティロ・カルディアの名前が寄り添うように記されていた。
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