語り継ぐ会
フォルスとセラスが街中を歩いていると、人だかりが見えてきた。災禍体験を語り継ぐ、という主旨の集まりのようだった。2人は立ち止まり、しばし被災者の声を聞くことにした。
用意された壇上に登ったのは、初老の女性であった。
「次にお話してくださるのは、当時橋で被災したソニア・ディッキンさんです。どうぞ」
司会者に促されて、ソニアは語り始めた。
「あの日は、とても風が強い日でした。私は息子と生まれたばかりの娘を夫に預け、港に住んでいた病気の母の元を訪れていました。子供たちが心配ではやめに帰ろうと橋の方へ歩いて行くと、多くの人が港へ向かっていくのが見えました」
「何でも大きな火事が起きたというので港の方を見ると、きれいな火の粉があがっていました。それをしばらく見ていると、急に大きな音がして私は吹き飛ばされました。運良く私は近くの建物に身体を打ち付けただけで済みましたが、小さい子供が空を飛んでいくのを見ました。しばらく何も聞こえず、何があったのかわかりませんでした」
「遠くを見ると激しい炎が上がっていて、私はすぐに『家に帰らなければ』と立ち上がりました。ところが橋へ向かうとたくさんの人で溢れていました。でも橋を渡らないと家へは帰れません。私は何とか橋を渡ろうとしましたが、なかなか前へ進むことが出来ませんでした」
「押し出されるように私は何とか橋を渡り終え、家まで辿り着きましたが既に家は燃えていました。私は絶対避難していると信じてあちこちの避難所を走って回りました。途中で親とはぐれた子供を連れて私は避難所で火の手が収まるまで震えていました。もう二度と夫とは会えないのかと思うと怖くてたまりませんでした」
「その後、私は無事に夫と再会することができました。夫は避難する際、息子の手をしっかり握っていたと言っていましたが、息子の姿はありませんでした。そして娘は息子を探す夫の背中で火の粉を被って、ひどい火傷を負いました。そのあと、ようやく息子は避難所で見つけることができましたが、娘は災禍から10日目に力尽きました。生まれてまだ、半年も経っていなかったんです……」
「息子は目を火傷して、片目が見えなくなりました。夫は娘と一緒に背中を火傷して、あの日のことを責め続けて外へ出られなくなりました。私の母は、港の火事で避難することもできませんでした」
「あの日、私は母の元を訪れなかったら家族揃って避難できて、娘が死ななかったかもしれないと思うと胸が苦しくなります。それか、もう少し母の元へ留まっていればせめて母と一緒に避難できたのではと思ってしまいます。今でも私の心はあの日から動いていません。娘と母への後悔で私は毎日眠ることもできません」
「私の連れていた子は、お父様が酷い火傷を負って亡くなったと後で再会できたお母様と一緒に挨拶に来ました。あなたがいなかったら、この子も死んでいたかもしれないと泣いていました。私も彼女と一緒に抱き合って泣きました」
「もちろん、誰のせいでもないことはわかっています。それでも、私は、私を許すことができません。皆が私にあなたは悪くないと言います。しかし、それでも私はまだあの日から抜け出ることができないでいます」
ソニアは話し終えると、眼帯をした息子と思われる男性に抱えられるようにして壇上を降りた。次に登壇したのは若い女性であった。
「次にお話してくれるのはコリーナ・パルバンさんです。彼女は今年で20歳、災禍の最中に生まれたそうです」
司会が促すと、彼女は語り始めた。
「私は、災禍の最中に生まれました。母のお産が始まりそうで産婆を父が呼びに行ったとき、港の爆発が起こったそうです。すぐに火の手が上がって、産婆を連れて帰ってきた父は『ここでは産めない、外に出よう』と言い出したそうです」
「その後父は母を担いで安全な場所を探しました。かけつけたエディアの兵士にすぐ避難所に誘導されて、そこで私は生まれました。避難してきたたくさんの女の人たちに守られながら私は生まれたと何度も何度も聞きました。私の命があるのはみなさんのおかげです」
「それから父も母も大事なく今日まで生きてきました。それもこれも、リィア兵の方が優しくしてくださったからです。最近ではリィアの政権が変わったからと言って当時のリィアを批判する声が大きいのが悲しいです。エディア王家は、災禍の罪を逃れるためにわざと投降したという話を聞きました。災禍の後、私たちを守ってくれたのはリィア軍でした。そのことを忘れてはいけません」
「それと、みんなが私のことを『災禍生まれ』と呼びます。みんなはそんなつもりなんかじゃなくて、『大変な時に生まれてしまったんだね』という意味で言っているのだと思います。でも、私はそう言われると『たくさんの人が死んだのにどうしてお前だけ生まれてきたんだ』と言われている気分になります」
「私は、好き好んで災禍の日に生まれてきたわけではありません。生まれてきただけなのに、どうしてこんなに辛い思いをしなくてはいけないのかわかりません。今年の誕生日には心からのお祝いが欲しいですが、おそらく私はこの日に生まれてきてしまった以上それは叶わないことだと諦めています」
コリーナが降壇すると、司会者を押しのけて数人の男女が壇上へ登った。彼らは皆中年以上で、主張を掲げた大きな紙を見せながら必死で演説を始めた。
「我々は真実に目を向けるべきだ! リィアの政権が変わった今、災禍の責任について真に追求するべきは旧リィア軍である! 災禍の責任がエディア王家などというのは旧リィアの風説である! 最近始まった調査でエディア兵士の日記に国境で演習を繰り広げるリィア軍の監視という任務があったことがわかった! 災禍はリィアの陰謀だ! 都合の悪い記録は消されている!」
彼らの主張を余所に、次々と野次が飛んできた。
「そんなでっち上げ信じるな!」
「リィアがそんなことするわけないだろう!」
「開戦目前なんてそんな記録存在していないだろう!」
主に反論していたのは若い世代の民衆だった。そのうち一団は群衆と揉み合いになった。セラスも非番とは言え警備小隊長としてどうするかと考えていると、遠くからエディアの警備隊員が走ってくるのが見えた。この程度の小競り合いなら彼らに任せようとセラスは争いに背を向けた。
「まあ、気にしないことですね。ああいうのはオルドにもどこにでもきっとたくさんいるので。私も何回取り締まったことか……」
セラスは立ち尽くすフォルスを何とか押してその場から離れた。
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