第2話 災禍の爪痕
復興都市
フォルスとセラスがエディアの首都に到着する頃には随分と日が傾いていた。街道を半日ほど歩いてきた2人はすぐに宿に入った。ちょうど災禍から20年の年ということで、災禍関連の催しが至るところで行われているようだった。
翌朝になり、フォルスとセラスはティロの遺族を探す前にひとまず首都を探索することにした。街中の建物はほとんど古いものがなく、災禍によって失われたものがどれだけ多かったのかを物語っていた。
首都は港を見下ろす丘に築かれていたため、元王宮のあった高台を登り切ると街と港の様子が一望できた。青い海と比較的新しい街並みはかつての災禍を思い出させるようなものではなかった。
「しかし階段が多いね」
「丘に沿って街が造られていますから……」
フォルスは街を歩く中で、階段のあちこちに律儀に手すりが取り付けられていることに気がついた。
「やっぱりそれだけ上り下りが大変ってことなのかな」
「いえ、多分違います」
セラスが示す方をフォルスが見ると、男がひとり手すりを伝って階段を降りていた。その目は布で覆われ、その下に大きな火傷の跡があることが見て取れた。
「災禍での怪我人は、手や足の怪我はもちろん目を焼かれたって人が多くいたんですよ」
セラスはエディアに赴く前、当時を知るシャイアから災禍の話を聞いていた。そしてリィア軍が街を再興するにあたって、多くの被災者の声を無視することが出来ないほど街全体が傷ついていたことを知っていた。
「確かに災禍は20年前の出来事です。でも、被災者にとっては未だにあの日が続いていると、シャイア長官はそう言っていました」
しばらく街を歩いていると、フォルスがあることに気がついた。
「ベールの人が多いね」
フォルスはすれ違う人を見て率直な感想を漏らした。頭からベールを被っている人は女性に多く、時折男性でも見受けられた。これはフォルスが訪れたどの都市でも見かけない光景であった。
「……火傷の跡を隠してるんですよ」
セラスが声を潜めて呟いた。ばつが悪くなったフォルスのために、セラスは別の話題を提供した。
「そう言えば、私も聞いておきたいことがあったんですよ」
「何ですか?」
「そのあなたの習得していた妙な剣技の型ですよ。やっぱりあの人から習ったんですか?」
セラスは初めてフォルスと会った際、挨拶代わりにティロの風変わりな型を披露されたのを思い出した。
「ああ、あれですか……特にすることもありませんでしたし、あの人の話なんて薬か剣技しかありませんでしたからね。結局何もすることがないときは手合わせくらいしかしませんでしたよ」
「普通何もすることがないから薬とか酒じゃないですかね……?」
健全なのか不健全なのかよくわからない状況にセラスは疑問を持ったが、フォルスはティロと交えた型について話し始めた。
「そう言えばあの型のことを『型破り』って呼んでましたね。型を極めて超えたところに存在する型だとか何とか」
「確かに私もあの型で手合わせはしましたが……そこまで教えてはもらえませんでしたよ」
「僕はリィアの型の基礎しか入っていなかったので……どうせならリィアの型以外もやってみるか? って感じでした」
「そうですか……」
セラスはティロとの夜間特訓を思い出していた。ティロが言うには、リィアの型は他のどの型よりも直線的でその分小手先の誤魔化しが効かないものだということだった。そのため基本的にセラスはリィアの型を習得することを優先し、他の型に関してはあまり触れることはなかった。
「ところで、リィアにいた頃から剣技は習っていたのですか?」
セラスはひとりの剣士として気になることをフォルスに尋ねた。
「まあ、そんなところですね……見聞は広めておいた方がいいと思ったので、一応基礎からやってもらっていたところなんです」
「じゃあ、剣技が好きとかそういうわけじゃないんですか?」
「いえ、剣技は剣技で好きですけど、それほど詳しいわけじゃないので……」
「じゃあ『快刀剣士レーケンス』はもちろん読んでますよね?」
「いえ、名前くらいしか知らないです」
大人気剣豪小説の名前を出されてフォルスはきょとんとした。
「面白いんですよ、じゃあ『ソレルスとキトルス』は勿論読んでますよね?」
「ほら、僕育ち的に剣豪小説とか読めなかったんで……」
フォルスはようやくセラスの様子が先ほどと変わったことに気がついた。
「じゃあ憧れの伝説の剣豪とかいるんですか? 私はですね、やはりカロル・バレットの仇討ち決戦の話が何度聞いてもたまらなくて、兄の墓標で崩れ落ちるカロルとそれを支える恋人のラミナがですね、もう……」
「ぼ、僕はそこまで好きな剣豪はいないかな……」
セラスは露骨にがっかりした顔を見せた。
「なんだ、つまらない……」
「あの、貴女ここに何をしに来たんですか?」
セラスはフォルスに向き直り、猛然と熱弁を振るい始めた。
「決まってるじゃないですか、もちろんあの人の調査もですけど……ここには歴史があるんです! わかりますか? 歴史の重み! 重たいんです!」
「あの……ちょっと僕はそういうのは……」
フォルスの張り合いのなさにセラスはティロを思い出していた。
「それにしても剣を持つ者としてデイノ・カランも知らないとか情けないですよね」
「その人、僕も名前くらいしか知らないです」
セラスは一際大きなため息をついた。
「はぁ……意外とみんな歴史に冷たいですね」
「貴女が熱すぎるだけなのでは?」
「そんなわけないじゃないですか、私の隊の方々は皆さん熱心ですよ。私のためにレーケンスの場面を再現してくださるんです」
フォルスはセラスのために小隊に所属する警備隊員が剣豪小説の一節を一生懸命演じているところを想像した。
「それほど皆さん剣豪小説は好きなのです。これぞ歴史ですね」
おそらく隊員たちは本当に小説が好きなわけではないのだろう、とフォルスは思うことにした。
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