噂の真相

 フォルスはセラスからシェールの詳細な生い立ちを聞き、その過酷さに慄くと同時に疑問がいろいろ浮かんできた。


「……それじゃ、妹に手を出したっていうのは?」

「それはご兄妹のお母様のお葬式のとき、思わずシェール様がセレス様に飛びついていたのを見ていた人がいたみたいなんです。そういう境遇だったのでお二人ともちょっと、何て言うんでしょう……こう言ってはなんですけど、普通じゃないので……」


 歯切れの悪くなったセラスにフォルスは尋ねた。


「それで、手は出してるの? 出してないの?」

「セレス様ははっきり否定しています。そういうことはなかったみたいです。ただ、ちょっとお二人の関係は、普通では考えられないようなものだったんです」


 一体どんな関係なのだろうとフォルスは気になったが、セラスをこれ以上追求しても教えてもらえそうになかったので質問を変えることにした。


「じゃ、姉を殴り殺したってのは? っていうか、姉って誰?」


 フォルスは今までの登場人物に「姉」が出てこなかったのが気になっていた。


「結局どうにもならなくなって、セレス義姉様が私の家に引き取られて、シェール様は結局お母様の実家に預けられました。そこで祖父母の養子に入った形にしてもらったんです。つまり、お母様が事実上のお姉様になったわけです。わかりますか?」

「うーん、何とか」


 とりあえず、噂に出てくる「姉」というのが兄妹の実母であるルーナ・アルフェッカであることは理解できた。


「あまりにもシェール様が不憫だと言うことで後見人がつくことになりまして、お母様とシェール様が鉢合わせしないようにしていたんです。ただ、その頃のシェール様は相当荒れていたそうで、極度の人間不信に陥っていたようなんです。一歩も外に出られなくて、相当苦労されたとか。誰の言うことも聞かないし、事あるたびに失踪未遂や自殺未遂の連続で大変だったそうです」


 フォルスは今まで付き合ってくれたシェールの顔を思い浮かべた。面倒くさそうにしながらもいろいろ世話を焼いてくれたシェールが、かつて自殺未遂を図るほど追い詰められていたことを知って、更に自身の小ささを思い知らされた。


「……それでも何とか立ち直ろうと頑張って、ご実家の意向で王宮に出仕するまでになったらしいです」

「えぇ? その経歴で出仕ってできるの?」


 人間不信で自殺未遂から急に王宮に出仕という落差にフォルスは素直に驚いた。


「それには深い深い事情があるのですが……とりあえず出仕できるくらいには回復したんです。すごいですよね」

「いや、すごいってそう簡単に言われても……」


 フォルスは『深い深い事情』も気になったが、その辺を深く聞く気もなかった。


「まあ、一応国王の息子ですから。いろいろ周囲の尽力あって立ち直ろうとはしてたみたいなんですが……お母様が病に倒れましてね」

「あの、頭のおかしくなったお母さん?」


 フォルスがはっきりと言葉にしたことをセラスは否定しなかった。


「はい。それでシェール様だけ呼び出されて……何か相当酷いことを言われたみたいで、それで思わず殴りかかったみたいです」

「それは何て?」

「そのことについてシェール様は今まで誰にも話していません。ただ、かなり屈辱的なことを挑発されたんじゃないかって私は聞いています。その直後に、お母様は病気で亡くなりました。元からお母様とは不仲というか、シェール様は親であることすら嫌がるような関係だったそうですけど」

「だから殴り殺したって……」


 フォルスは噂というものの恐ろしさを感じた。そして、実の母から殴りつけたくなるほどの侮辱を受けるということがどんなものなのか理解できなかった。


「そもそも秘密の存在でしたので、何も知らない人からすれば急に変な奴が現れたって思うでしょう。それで元から素行が悪かったので良い噂はなかったのですが、お母様、対外的には姉のことが決定打になりまして。葬儀が終わってしばらくして、それから国外勤務になりました……そのおかげで生き延びることが出来たんですけどね……」


 大体のことを話し終えたセラスは大きなため息をついた。


「これが私が話せるだけのあの方の過去です。どうでしたか?」


 フォルスは言葉を失っていた。噂を聞いて何となく現在は「同じような立場」と思っていたが、12歳まで生活面でも人間関係においてもそれほど不自由なく暮らしてきたフォルスと14歳までほぼ捨て子として生きてきたシェールではあまりにも境遇が違いすぎていると感じていた。


「そう言えば少し気になるところがあるんだけど」

「何ですか?」


 フォルスは正直に気になる点を尋ねた。


「僕が聞いた噂だと、隠し子である理由は国王の亡くなった婚約者セレス・アルフェッカの家にいたからだっていうんですけど、話を聞けばあの人の妹もセレスって言うんですよね? 一体どういうことですか?」


 セラスはそのことについては意図的に言及を避けたようだった。


「それは……ちょっと私の口からは……どうしてもお聞きになりたかったら、本人に直接聞いてみてください。きっと何も言いませんけど」

「そんなに深刻なの?」


 フォルスには叔母と姪が同じ名前になることに深刻な理由がつくというところが理解できなかった。


「ええ、これでも大分端折った説明なんですけど……これ以上を聞くのはあまりよくないと思います」

「どうして?」

「あなただって、ダイア・ラコスがどうやって政権を手に入れたかの詳細を敢えて知りたくはないでしょう? 私だって、オルド王家の闇なんて本当は知りたくなかった」


 祖父の名前を出されて、フォルスは何も言えなくなった。


「それでもセレス義姉様が家に来た頃、私は子供だったのでよくは知らされていないんです。おそらく、この話以上にご兄妹で相当辛い目に合われてきたはずなんですけど、ああやって頑張って生きてるんです。もうそれだけでいいじゃないですか」


 セラスはあまり多くを語りたくないようだった。フォルスも最初はその態度に疑問を持っていたが、セラスから話を聞くうちに彼女の心境が何となく理解できた。


「じゃあ、他の酷い噂は……」


 セラスは残りの噂について話し始めた。


「私が言うのも何なんですが、そういうわけでまともじゃないんです。今でもたまに昔のこと思い出して調子が悪くなって……それでフラフラいろんなところに行っちゃうんですね。それも今は本人も自覚しています、結構頑張ってるんですよ」


 セラスは明言しなかったが、シェールの女性関係が異様に派手であることを認めた。そこだけを抜き出せば非常に不誠実な男という印象しかなかったが、セラスが語った彼の過去から照らし合わせるとフォルスは彼を責める気にはなれなかった。


「なるほどね……クライオで散々聞き込みした甲斐があったよ。話を聞いたら絶対そいつだっていう女の人が現れたんで、びっくりしました。でもこれで僕も強く出られるぞって思って、彼女に貴方のお義兄さんの素性を教えたんです。いいじゃないですか、男の子と女の子の双子」


 フォルスは二本指を振って見せた。その様子にセラスは頭を抱えて見せた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る