オルド王家

 フォルスはティロの調査のついでに調べたシェールの評判と実態についてセラスに問うと、セラスは長いこと沈黙を続けた。


「ちなみに、それを聞いてどうしたいんですか?」

「別に、ただ気になるんですよ。もし噂通りなら、あの人は僕と非常に立場が似ている。それを確かめたいだけですね」


 セラスはそれを聞いて深く頷いた。ただの興味本位で尋ねているなら突っぱねるつもりであったが、処刑された国王の息子としての興味だと知るとセラスも答えないわけにはいかなかった。そしてしばらくの後、口を開いた。


「まずその噂なんですけど、国王の息子というのは間違いないそうです。女性の話に関しても、否定はしません。しかし、この話は長い上に非常にややこしくて、聞いたことを後悔するくらいにはかなり胸糞悪いです。それでも聞きたいですか?」


 セラスの声が一段と低くなった。


「つまり、教えてくれるんですか?」

「まぁ、その噂を持ち出されると、私も心苦しい。ただ、本当にここだけの話にしてくださいね」

「……そんなに複雑なんですか?」


 明らかに様子の変わったセラスにフォルスは少し怯んだ。


「これからする話は私の二番目の兄の妻、シェール様の実の妹君とシェール様の後見人から聞いたものです。だから変な噂よりもよっぽど真実に近いはずです」

「その妹さんは?」

「亡くなりましたよ、10年前に」


 10年前という言葉にフォルスの顔が暗くなった。それは暗にオルド侵攻の犠牲になったことを告げていた。セラスは更に声を潜めて語り出した。


「とにかく、ご兄妹が幼い頃、ある日お母様に「お父さんに会わせてあげる」と急に王宮に連れていかれたそうです。それでもう揉めに揉めたそうですよ」

「そのお母さんはやはり、セレス・アルフェッカなの?」


 フォルスは噂になっている婚約者の名前を出した。


「いえ、これは……そうですね、ここだけの話ですよ。ご兄妹の本当のお母様は、ルーナ・アルフェッカ。噂のセレス・アルフェッカの姉です」


 セラスは言葉を選びながら話を続ける。


「そのお母様ですが、控えめに言ってまともでなかったそうです。あまりにも危険ということですぐにでも母親と幼いご兄妹を引き剥がす必要があったそうです。隠されていたとはいえ、国王のお子様ですからね。おいそれとその辺に追い出すわけにも行きません。下手をすれば何かに利用されてしまうかもしれないし、秘密を知った者が現れても不都合が生まれるだけです。その結果……」


 セラスはそこで語るのを一度止めた。適当な言葉を探しているようだった。


「その結果?」

「どこにも受け入れられずに義兄様は14歳、義姉様は12歳まで過ごしたそうです」

「……どういうことですか?」


 フォルスはセラスの言おうとしていることがよくわからなかった。セラスはやはり言葉を選びながら慎重に話を進めた。


「まずお母様の面倒をみるというか、監視のために母方のアルフェッカ家は頼れず、結局正妻である王妃様のご実家に移されたようです。それから何度か余所に預けられたそうですが……どこでも酷い扱いだったようです。正確な身の上は隠された上ですから、急に変な子供を押しつけられたって思われたみたいですね。頭に来たシェール様が何度か家出を試みたようですが、彼らを監視しておきたい王妃様のご実家の意向で何度も連れ戻されたそうです。最終的に王妃様のご実家に半分軟禁みたいな形になったみたいで、そこでシェール様が『この家に留まればいいんだろ!』と……」


 再びセラスは言葉に詰まった。

 

「どうしたんですか?」


 しばらく遠い目をしていたセラスは、説明するべき言葉が見つかったのか口を開いた。


「庭の隅で勝手に暮らし始めたそうです」

「何ですかそれ」


 予想外の言葉にフォルスの理解が追いつかなかった。


「当てつけですよ。生まれのせいで散々たらい回しにされて嫌がらせを受け続けて、いろいろ限界を超えていたんでしょう。妹の……セレス義姉様もその時のことはあまりお話になりませんでした。相当おつらいことも多かったんでしょうね」


 それでもフォルスは「勝手に暮らす」の正確な意味を理解できなかった。


「あのさぁ……気になるんだけど、それって要は宿無しってこと?」

「平たく言うとそういうことですかね」

「その、王妃様の実家の庭で?」

「そうです。その辺の事情を私はよく聞いていないんですけど、屋敷でよっぽど酷くいじめられたらしいんです。それから逃げたかったみたいなんですけど、家出をしたところでまた捕まるだけだと悟ったシェール様がそんな暴挙に出たそうなんです」

「でも、そんなことしたら皆黙っていないでしょう?」

「ええ、黙っていませんでした。事態を知った国王陛下も王妃様も2人の元へ何度も来たそうですけど、会いたくないって追い返していたみたいです」


 セラスの説明が進んでもフォルスにはやはりシェールの置かれていた状況を理解することが難しかった。


「何で? 助けに来たのに?」

「その辺はよくわかりません。ご兄妹にもいろいろ事情があったみたいですけど。それに……」


 セラスはまた一段と声を低くした。


「王宮に連れてこられる前からろくに世話なんかしてもらえなかったらしいですよ。お母様は完全に育児放棄で、セレス義姉様はシェール様に育てられたようなものってよく言ってました」

「ええ、言っても2歳違いでしょう? じゃああの人は誰に育てられたんですか?」

「だから、誰にも育ててもらってないんです。義姉様が言うには、お腹が空いたときはその辺の人を捕まえて『何か食べ物をくれ』ってねだっていたみたいですよ」

「それって……」


 フォルスはようやくこの話に至るまでのセラスの前置きと深刻性がわかってきた。セラスは具体的な説明をすることで明言は避けてきたが、「兄妹は捨て子同然で生きてきた」という経緯がフォルスの心に重くのしかかってきた。


「そういうことですよ。だから義姉様が私の家に来た頃は本当に酷いものでした。食事の作法も身の回りの世話も自分のことはほとんど出来ていませんでした。誰にも教えて貰えなかったみたいですから、仕方ないですよね。その割に家事は得意で、自分のこと以外はよくやっていたんです」

「どうして?」

「何でも、生きていくためにその王妃様のご実家の調理場付近で働いていたみたいです。何でも仕事をするから何か食べ物をくれ、ってことみたいです」


 フォルスの疑問は尽きることがなかった。


「あのさ……夜とか、どこで寝てたの?」

「庭の隅の古い納屋に立て籠もっていたみたいですよ」

「でもオルドって、寒いんじゃないの?」

「寒いですよ、冬は首都でも雪が降りますからね、きれいですよ」

「いやでも、子供二人で納屋って……」

「だから、ご兄妹たちはそうやって生きてきたってことです」


 フォルスはたまにシェールがティロの境遇に同情しているような発言をしていたのを思い出した。冬のオルドをフォルスは直接経験していなかったが、リィアの冬の夜も十分寒いものだった。そんな中で頼れる者がなく二人きりで身を寄せ合っていたであろう兄妹を思い、そして同じように頼れる者がなかったティロにシェールがどのような感情を抱いていたのかを想像して、自分が無自覚にシェールにいろいろと甘えたことを言っていたことが恥ずかしくなっていた。

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