有明編
第1話 王家の闇
エディア行きの汽車
ビスキから帰ってきてすぐにセラスのエディア行きに無理矢理同行することになったフォルスは、汽車の中で行方不明の少年の詳細について整理していた。
「ティロ・カルディア、9歳。港で行方不明、ね……」
その犠牲になったというティロ・カルディアという少年は兄と一緒に港で爆発に巻き込まれて、未だに行方がわかっていなかった。海に吹き飛ばされたか、バラバラになって発見が困難になったのかそれは今となっては誰も知ることはできなかった。
「その子は関係ないと思いますよ」
セラスはフォルスに言い放った。それまで物資の輸送が中心だった鉄道も技術の向上が進み、数年前に各国を通る旅客鉄道が開通していた。シェールの手配で一等客車に乗った2人の周りにはそれほど乗客はいなかった。
「どうしてですか?」
「まず、あまりにもこの子の状況とあの人の言っていた身の上と違いすぎます。確かにあの人も港にいたって言っていましたけど……お兄さんと一緒にいたなんて一言も言ってませんでしたよ」
セラスとフォルスはそれぞれティロから災禍の話を聞いていた。その内容は港で爆発に遭遇して機能しない橋を通るのを止めて爆心地のほうへ向かって走り、あまり知られていない非常用の通路まで爆発現場を走り、そこから更に火の手が上がる街中を走ってきたというものだった。聞いた話を擦り合わせた結果、ほぼ同じ話をしていることが明らかになったので出任せとは考えにくいというのが2人の出した結論だった。
「それと少し調べてみたのですが、行方不明になった子供の多くは爆心地の近くの修練場へ行っていたみたいですね。この子もお兄さんと一緒に出かけていったのでしょう」
「修練場……やっぱりあの人なんじゃないですか?」
「ただ、この修練場はかなり初心者向けのものなんですよ。もしあの人がエディアできちんと剣技をやっていたのであれば、とても釣り合うものではありません」
セラスは修練場の流派まで調べていた。その日、港の修練場では子供を対象にした剣技の体験会が開かれていた。この行方不明になったティロを始め、10歳前後の子供たちがたくさん集まっていたようだった。
「それに、この子があの人じゃない一番の理由なんですが……遺族がいるんですよ。両親と妹が生きています。キアン姓なんかになる理由はありません」
セラスは断言した。リィアにあった資料からわかることはそれまでだった。
「じゃあこの子は一体何なんですか?」
「それはわかりませんが……年も近いですし、何らかの繋がりがあったと考えることはできますね」
「そう言えばこの子は9歳、あの人は災禍の年に8歳なんですよね」
「ええ。わざわざ年齢をひとつ偽る理由も思い浮かばないので、やはり別人だと思いますよ」
様々な事象が尋ね人と「ティロ・カルディア」という少年を一致させなかった。ただ災禍に巻き込まれて行方不明になった少年と生き埋めにされた少年がいたらしいということしか現時点ではわかることがなかった。
「それで、具体的にエディアで何をするんですか?」
セラスはすっかりティロの捜索についてフォルスに主導権を与えていた。
「まずはこのティロ・カルディアの遺族に接触する。何とか彼の友人関係で異様に剣が上手い子がいなかったか、聞けたら聞いてみる」
「そんなにうまくいきますかね……?」
災禍の遺族に対して不躾すぎる質問にセラスはため息をついた。
「それと、もしあの人がやっぱり革命孤児で災禍の話がでっち上げだったという可能性も潰しておきたい。その港の非常通路が本当にあるのかどうかも見に行かないと」
「随分疑い深いんですね」
セラスは呆れた。先ほどの擦り合わせの通り、セラスはティロから聞いた災禍の話が嘘だとは到底思えなかった。
***
「一体全体どういうつもりですか!?」
エディアの首都につく前の駅で思い立ったように汽車を降りた降りたフォルスをセラスは一生懸命追いかけていた。
「すみません、言うのを忘れていたのですがどうしてももうひとつ確かめたいことがあるんですよ。ここから首都まで歩いて4時間くらいですよね?」
「だから何だって言うんですか!?」
突拍子もない行動を取るフォルスは更に思いも寄らないことを言い出した。
「ちょっと歩いて行ってみませんか?」
「ええ!? なんでそんなことしなくちゃいけないんですか?」
セラスが訳もわからず立ち尽くしていると、フォルスは首都へ向かう街道へ向かってさっさと歩き出した。
「いいじゃないですか、別に急ぐ旅でもないですし。それに、確かめたいことがあるんです」
「それを歩いて確かめるんですか?」
「はい。今から行けば日暮れまでには首都に着きますよ」
セラスもこれから徒歩になるとは思っていなかったので呆れ返ったが、シェールから聞いていたフォルスの強引さに何も言えなくなった。
「全く……」
仕方なくセラスはフォルスに従って歩き出した。首都に繋がる街道は広く整備されていたが、首都に用事のある旅客はほぼ汽車で移動し、その他の移動も皆馬車などで移動するために歩いているのはフォルスとセラスくらいであった。
「ところで、こんなところだから聞いておきたいことがあるんですけど」
「何です?」
わざわざ徒歩を選択した上に勿体ぶるフォルスにセラスは多少苛立っていた。
「貴女の義兄さんのことですよ、何なんですかあの人は」
その問いにセラスは一瞬身体が揺らぐような感覚に陥った。
「何って……今では立派にリィアで補佐官を務めているそれは大変ご立派な方ですよ。それが何か?」
フォルスはティロのことを探し出すために、事前に手がかりになると思われるシェール・アルフェッカについてもよく調べていた。そこで得た弱みを握ってはるばるクルサ家へやってきていたが、本人と対面しても腑に落ちない点は多々あった。
「何かって、異様に怪しいじゃないですか」
「何を根拠に?」
セラスはシェールの話をあまりしたくないようだった。
「僕はオルドとクライオで少し調べてきたんですよ。特にオルドではすごい評判でしたね。端的に言えば、素行が悪くて国外追放ってところですか?」
「端的に言わなければ?」
フォルスはオルドで聞いてきた噂を並べ立てた。
「まず国王と何らかの繋がりがあるに違いないっていうのと、姉を殴り殺した、妹に手を出した、そして勤務態度も最悪で特に女で遊んでいた……こんなところですか?」
それを聞いてセラスは思わず吹き出した。
「ふふ、それだけ聞くと本当に最悪な男ですね……」
「でも僕はそうは思わないんです」
「そうですか? 結構最悪な人ですよ?」
とぼけるセラスに、フォルスは真面目に詰め寄った。
「もし噂通りの人物なら、何故貴女のような優秀な人がそばにいるのかわからない。クルサ家の当主だってあんなに可愛がらないはずだ。それに、リィアに来てからはそういう話をほとんど聞かない。それに少しだけ一緒に過ごしましたけど、言うほど不誠実な印象は受けませんでした。ということは……噂自体何か誤解や行き違いがあったんだろうなと思いまして」
セラスはフォルスの話を聞き、思いのほかフォルスがシェールのことを考えていたことに驚いたようだった。
「で、どうなんですか? 実際のところ」
「そうですね……」
セラスはフォルスの問いにどう返答すればよいのか考えているようだった。
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