重要な手がかり
ティロがビスキで捕らえられた時の詳しい話を聞き、テレスの元を去ったフォルスはリクと別れ、一度シェールの元へ帰ることにした。リィアへ帰る途中、フォルスはティロがかつて何度も言っていたことを思い出していた。
『どうせ俺なんていてもいなくてもいい存在だったからさ。今更俺のことを心配している奴なんかいないだろうし、俺が死んでも泣く奴なんかいるもんか』
フォルスは今まで話を聞いてきた人々を思い出していた。ティロの全てに責任を感じていたゼノスに、シャスタをはじめ予備隊で一緒だった元特務は今でもティロのことを心配していた。一度しか関わったことのないテレスですらティロが大人になったことを喜んでいた。そして会ったことはないがティロの後を追う勢いだったライラに、どんな表情をしてよいのかわからなくなったセラスが次々と思い浮かんでくる。
(何だ……生きてたら泣く人、たくさんいたじゃないですか。どれだけの人に心配をかけてるかわかってるのかな、あの人)
改めて調書の写しに目を落とす。「極度の心身摩耗状態」という特記事項が気になった。そのために身柄を一度病院に送られて、それから予備隊に引き取られる予定であることが調書に書いてあった。病院での様子の記載は無く、次にティロについてわかるのは予備隊に入れられた後の記録であった。
(声が出なくなるほど何か酷い目にあったんだ。それが例の生き埋めなのかな、それとも災禍で家族を目の前で亡くしたとか……?)
テレスはエディアから災禍孤児がビスキに来ていたことについて「考えたくもなくなるようなこと」が関与しているのではと言っていた。しかしフォルスにはそれが何なのかは検討もつかなかった。
***
クルサ家に辿り着くと、フォルスの顔を見たシェールが面倒くさそうな顔をした。
「それで、成果はあったのか?」
「思った以上に何もありませんでした。わかったのは、ここにある資料が正しかったということと、強盗が煙草欲しさだったというのがはっきりしたくらいですね」
「ほら見ろ、だから行っても仕方ないって言ったんだ」
「でも、ここを調べても何もないってことがわかりましたよ」
負けじとフォルスが言い返すと、シェールは一冊の資料を取り出した。
「実は、お前が革命孤児である線を追っているからこっちも何もしないわけにも行かないと思って、災禍の犠牲者の一覧を調べてみた」
それは「リィア戦記」の別冊になっているエディアの災禍の被害報告書だった。
「ざっと死者行方不明者4400人、怪我人の数は重傷者だけで5000人。これだけでもう1万人近い被害者がいるわけだ。当時の首都の人口が約3万5000人……どれだけの被害だったのかがこれだけでわかるってものだ」
災禍の話になると、フォルスの顔が陰るのをシェールは見逃さなかった。
「それで、何かわかったんですか?」
「予想外の収穫はあった。犠牲者にティロという9歳の少年がいた」
「本当ですか!?」
フォルスは身を乗り出した。
「それで、そいつについて早速セラスに調べてきてもらおうと思っているところなんだが……」
「僕も行きます! 行くに決まってるじゃないですか!」
新たな情報にフォルスはいきり立っていた。
「お前は止めておけ、セラスが調べてくるのを待っていた方がいい」
「何でですか!?」
「エディアに行くんだぞ、ビスキに行くのとは訳が違う」
シェールは真剣にフォルスを止めていた。
「なんで、貴方に何がわかるんですか!?」
「俺は10年前にエディアに寄った。それだけでわかる、お前はあそこにいかないほうがいい」
シェールはクライオへ逃れる際、ちょうど災禍から10年を迎えたエディアの街を通ってきた。その経験だけでフォルスがエディアを直接訪れるのはやめたほうがいいと考えた。
「随分僕のこと舐めてるんじゃないですか!? 僕だって多少の荒事は乗り越えてきてるんですよ!? 一度死んだ人間なんですからね!!」
「そういう問題じゃない、お前は自分が誰だかわかってるのか?」
フォルスが災禍の直接的な被害に打ちのめされるのではと懸念されていると思ったが、シェールの心配はその先を行っているようだった。
「……まさか、僕が自分の存在に潰されるとか思ってるんじゃないですか?」
「そんなところだ」
災禍の被害を目の当たりにすることで、自身のリィア王家であった者としてどう感じるのかを想像しただけでシェールはフォルスをエディアに送りたくなかった。
「だいたい、こんなところで潰れているわけにはいかないんですよ! そんな超重要な手がかり、見逃すわけにはいかないですね! セラスさんはどちらに!?」
「先ほど勤務の引き継ぎに出かけた。最高機密の調査だからな、いろいろ優先させてもらえるんだろう」
フォルスの帰還とティロの調査についてはシャイアの耳にも入っていた。シェールがエディアでの調査の可能性をセラスに伝えると、彼女は調査に立候補して早速シャイアの了承を取り付けてきていた。それから勤務の調整を行い、出立の日を指折り数えているところだった。
「あなたが止めても僕は行きますよ! 何ならセラスさんに頼み込みますから!」
フォルスはシェールに背を向けると、わざと音を立てて部屋を出て行った。
「まあいい、好きにしろ。一応止めたからな」
シェールは呆れたように呟いて、机に災禍の被害報告書を置いた。
(それで、見つかりそうなの?)
机の下から相変わらず寒々とした声が響いてくるようだった。
「別に見つかろうが死んでようが俺の人生には何の影響もない、はずなんだけどな……」
机の下を見ないように、誰にともなく声に出す。
「何故か気になる。何でフォルスの奴があれだけ奴に思い入れがあるのかとか、今まで聞いてきた話が全く他人事じゃないな、とか……」
(ほら、やっぱり他人事じゃないんだよ。それで、目の前に出てきたらどうするの?)
「さあ、どうしてくれようか……とりあえず、話を聞いた上でぶん殴るのは決まってるんだ。そうでないと……」
机の下の声は止んでいた。改めて机の上に置いてあるティロの資料に記載された氏名欄の「不明」を眺める。
「どうにもこいつに申し訳が立たないんだ……」
シェールは現時点で名前のわからない少年が気になって仕方なかった。もし彼に名前があるのであれば、一体何者であるのか問い糾したい気分であった。
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