少年犯罪

 ティロが捕らえられた詳細を知るため、新しい通行証を手にフォルスはビスキへ旅立っていった。シェールはビスキでのフォルスの監視を行う人物にフォンティーアの名前で事前に書面を送っていた。


「なるほどな……その警備詰所に一緒に行けばいいんだな。俺も忙しいんだ、手短に頼む」


 ビスキでのフォルスの監視人、リク・ティクタはフォルスからの説明を聞いてため息をついた。


「おそらく調べることはそれほどないはずなので、すぐ終わるはずです。まだ調書が残っていればいいんですけど」

「20年前になると、未解決のものはともかく孤児の傷害罪なんて破棄されていてもおかしくないぞ」

「でも、公文書は30年保管する決まりになってるんです。きっとありますよ」


 フォルスはリクの協力を得て、ティロの資料にあった警備詰所を訪ねた。そこの資料室で該当する資料の閲覧の許可をもらうと、早速フォルスは日付から調書を探した。すると、資料に記載されていた日付と同じ日付で身元不明の少年の強盗傷害事件の調書が発見された。


「よかった、まだ残っていた」

「しかし、この少年の名前は不明になっている。そのティロ・キアンである保証はあるのか?」

「特記事項の地下及び閉所恐怖症の疑い、と言うところと本人直筆っぽい睡眠薬の文字。もうこれは僕の知ってるあの人で間違いないと思います」

「その特徴で断言できるできるのも嫌だな……」


 フォルスは直筆の書き付けを眺めた。存外几帳面な字で書かれたそれぞれの文字からはそれだけで強い拒絶の意を感じ取れた。


「あの、この調書を書いた人って会えたりしませんか?」

「20年前だろう? 生きてるかどうかも怪しいぞ……」


 リクが警備詰所の職員に尋ねると、監察官のテレス・コビアは存命で最近まで監察官を続けていたらしい。職員は緊張しながらテレスの連絡先をリクに手渡した。


「しかし、一体何故ここまでこの男に執着するんだ……?」

「いいんですよ、僕の正体を世間に公表しても」


 リクもフォルスの正体を大々的に公表されたくはなかった。フォルスは調書と少年の書き付けを持って早速テレスの元を訪れることにした。


***


 年老いたテレスは監察官を引退し、郊外でのんびりと暮らしているようだった。突然訪れたフォルスに彼は警戒することもなく受け入れた。


「こんな仕事を続けてきたからね、前触れもなくやってくる人は後を絶たないんだ」


 フォルスは早速テレスに要件を伝え、調書をテレスに渡した。テレスは古ぼけた調書をしばらく眺めて、そして一人で頷き始めた。


「ああ、この子だね。覚えているよ、かなり異様だったからね」

「異様、ですか?」

「そう、どこから話せばいいのか悩むくらいおかしな子だった。私も長年この仕事をしてきたけど、ここまで変な子はあまり見なかったね」


 フォルスはゼノスの印象と同じようなことをテレスが言ったことに驚いた。


「具体的には、どう変だったんですか?」

「そうだね……最初に見た印象は、とても普通の子供には見えなかった」

「それってどういう意味ですか?」


 テレスは調書を見ながら話し始めた。


「ものすごい敵意を向けてきたんだ。不用意に近づいたらそれこそ噛みついてきそうなほどの圧力だった。それなのに何かに怯えていて、おまけに話せないときた。対峙していても人というより、こう言っては何だが、野良犬のように感じた」

「野良犬……」

「どこかで酷くいじめられたんだろう。もしかすれば、いじめた奴を殺して逃げてきたのかも知れない。とにかく地下に閉じ込められるのを怖がっていたから、どこか暗いところに長いこと閉じ込められていたのかもしれないね」


 フォルスはゼノスやシャスタが彼を動物のようだと表現していたのを思い出した。


「それに、これは書くまでもないと思って調書に書かなかった話があるんだが、聞きたいかい?」

「できれば是非お願いします」


 フォルスが答えるとテレスは苦笑いをしながら話し始めた。


「調書にはこの件で指摘されている全ての強盗事件の場所が書いてある。もう20年も前だから今は変わっているけれど、実はこの当時ならこの場所には共通点があるんだ」


 テレスは、ティロの強盗には何らかの目的があったことを示唆した。


「全部、煙草売り場の近くだった。そして被害者はほとんど煙草を買った直後に襲われている……これが何を意味するかわかるかい?」

「つまり、煙草欲しさだったってことですか?」


 テレスは頷いた。


「でも、まだ9歳の子供ですよ? 煙草なんて……」

「こういう事件はそう多くはないが、特別珍しいものでもない。煙草や痛み止めが欲しくて恐喝をしたり金を奪ったりする子供はたまにいる。だから『何か欲しいものは無いか』と尋ねたら返事がこれだった」

「それが睡眠薬、ですか……」


 フォルスは改めて「睡眠薬」と書かれた紙を見つめた。


「正直これには参ったね。てっきり素直に『煙草がほしい』と認めればそこから先は違う道もあったかもしれない。そういう何かを抱えた子供を集めた孤児院もあったし、そこから運が良ければ里親の元で暮らすこともできる。だけど煙草や痛み止めを欲しがる子供もいるけれど、睡眠薬を欲しがる子供には会ったことがなくてね。ただでさえ彼の敵意は異様だった。これはもうお手上げだと調書を締めたんだ。後は彼が生きられるところまで生きられればいいと思った」


 語り終えるとテレスはフォルスを見やった。


「ところで……この子は生きているのかい?」

「はい、少なくとも2年前までは確実に生きてました」


 フォルスはテレスに詳しい話をするつもりはなかった。テレスも彼のその後について深く知りたいわけではなさそうだった。


「そうか……」


 テレスは深いため息をついた。その目には涙が滲み、感慨深く続けた。


「この仕事をしていると嫌なこともかなり多いからね。一人でも無事に大人になったと聞けば、それだけで満足だよ。どうもありがとう」

「……こちらこそお話、ありがとうございました。それと、これとは別件で聞いてみたいことがあるんですけど、よろしいですか?」


 フォルスは災禍孤児がどうしてビスキに辿り着いたのかという手がかりが得られればと、テレスに聞いてみることにした。


「災禍孤児がビスキに流れ着いたって話をいくつか聞いたんですけど、エディアからビスキに子供だけで来れますかね?」


 テレスはフォルスの問いに一度顔を歪め、それから難しい顔をした。


「そうだね……普通に考えればあり得ないが、普通に考えなければあり得ないこともないかもしれないね」


 テレスはそのことについては明言しなかった。


「それはどういう意味ですか?」

「考えたくもなくなるような、出来れば話をするのも避けたいような理由だよ。それでわかるかい?」


 正直なところ、フォルスにはテレスの言いたいことがよくわからなかった。しかし、それを直接テレスに尋ねてはいけないような気もした。


「はい……」


 フォルスはテレスの言葉の前に頷くしかなかった。

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