第2話 空白期間

亡命の経緯

 フォルスが来訪した翌日から、早速シェールはフォルスの「ティロ探し」に付き合うことになった。


「さて、今日から徹底的にお前に付き合うからな。とりあえず、まずは状況を整理したい。お互いあいつに関する情報を徹底的に出し合って、何がわからないのかを洗い出していくぞ」

「そうですか……じゃあ、まず何の話からしますか?」


 シェールが少しやる気になっているのがわかったのか、フォルスは機嫌良く答えた。


「まずそのキオンとかいうふざけた名前は何だ?」


 もちろんそのままの名前では生きていけないので偽名であることはわかっていたが、その由来がどこにあるのかシェールは少し気になっていた。


「ああ、あの人の飼っていた犬の名前らしいです。あの人も偽名にならなきゃいけないからって僕はレキ・ラブルって名前をつけました」

「あいつがレキか……また変な名前だな」

「僕が昔飼ってた猫の名前です」


 思いがけずくだらない話にシェールはため息をついた。


「ったくお前らは犬だの猫だの……それはいいんだ。それよりも、先にお前が知りたがってる人物が本当にティロ・キアンなのか確認するぞ」


 フォルスを連れていったのはティロ・キアンであると確信があったが、万が一別人である可能性もなくはないのでシェールは彼の基本情報から確認していくことにした。


「そんなの、僕の兄様が話をしているんじゃないですか?」

「お前の兄さんは最後まで詳しいことは何も話さなかった」


 シェールはセイムと話したことを話すか一瞬悩んだが、おそらく彼の考えはフォルスも当然わかっていることだと詳しく話すことは控えることにした。


「ただ、弟は死んだと最初はそれ一辺倒だった」

「全く、そういうところは本当に律儀で立派な人だったのに……」


 フォルスは兄のことを思い出したのか、寂しそうな顔をした。


「とにかく、あいつの髪は灰色で目は緑。そして背はちょうど今のお前くらいだ」

「嫌だな、僕はもう少し大きくなりますよ」


 現時点であまり背が高くないことをフォルスは気にしているようだった。


「まあ……お前くらいの年なら、もう少し伸びるかもな。それより、あいつのことを調べて探すって言うけどな、一体なんでそんな面倒くさいことを今更するんだ?」


 シェールはわざわざ脅迫のような真似をしてまで、しかもリィアにいる保証もないティロ探しを行うようなフォルス自身にもかなり気になるところがあった。


「ちょっとあの人に用事があるんです。とりあえずこれだけ迷惑かけておいて勝手にいなくなるってあり得ないじゃないですか?」

「それは、そうだな……」

「大体、何年も人のこと連れ回しておいて何がしたいのかさっぱりわからないんですよ。それだけでも聞き出せないと、死んでも死にきれないんです」


 それを聞いてシェールは怪訝な顔をした。


「ちょっと待て、お前も連れて行かれた理由を知らないのか?」

「最後まで教えてくれませんでした。どうして助けたのかって尋ねても『じゃあ大人しく死んでいたほうがマシだったのか?』って、それだけで、後は全然何も。ちゃんと名前だって教えてくれなかったんです」


 フォルスの声は悲しげであった。シェールはティロの遺言の前に話していたことを話すか悩んだが、とにかくティロの行動を解明することが先決でそこだけ抜き出して伝えても更に混乱するだろうと考えた。


「それなら、まずあの日に一体何があったのかを教えてくれ。こっちは反乱当日以降のあいつの動きについて何も知らないんだ。それから順を追って、今まで何があったのかを整理したい」

「そっちの持ってる情報の方が先ですよ」


 フォルスはシェールに先に語らせようとした。


「俺の知っている範囲なら、お前が考えている以上に胸糞悪くて聞くに堪えない話だ。あいつがお前に正直に全部話しているとは全く思えないからな」


 実のところ、シェールは昨夜からフォルスにティロのことをどう説明するか悩んでいた。特に発起人ライラと組んで反乱を画策し、更に反乱を隠れ蓑としてトライト家を抹殺したという話はフォルスにとってかなり不都合な話だと思われたからだ。


「まあ……いいですよ。あの日はですね……夜中にいきなり大きな物音がして、兄様と僕は起きたのですがいつまで経っても誰も来ない。不審に思って恐る恐る部屋の外に出ると、親衛隊のリードが斬られたところでした」


 当時、王宮では王族を守るはずの親衛隊が4人斬り殺されていた。彼らは反乱時の戦闘で亡くなったことにされていたが、実際は反乱軍が到着する前におそらくティロ・キアンによって倒されていた。


「確か、リィアで一番の剣の使い手だったんだよな?」

「そうですよ。誰にも負けない、強い男でした。そんな彼を斬った男が僕らのところに来て今すぐ一緒に逃げようって言うんです。ここにいるともうすぐ殺される、と」


 フォルスの瞳が揺らいだ。彼は続けて当時の様子を語った。


「不審にもほどがありました。血まみれの上級騎士の隊服を着て、僕らを守るはずの親衛隊を斬っておいて、今から逃げようだなんて本当に意味がわからなかった。でも、外を見てその理由がわかりました。ああ、ついにこの日が来たんだなって」


「僕は最初は逃げる気はありませんでした。すると兄様が『弟だけでも連れて逃げてくれ』ってそいつに頼み始めて……僕は嫌だって言ったんですけど、時間がないって、無理矢理抱えられて、窓から外に飛び出したんです。3階の窓からですよ、もう生きた心地がしなかったです」


「それからはもう夢中で首都を離れることだけ考えました。あの人は血まみれだし、僕は寝間着だしで服を変えたりひたすら馬を乗り捨てたりで……あの人はとにかくオルド領を目指していました」


「あの時はリィアで戦争が始まるっていうんでオルド領との関所は避難する人で解放されていたんです。そこに紛れて、領内の関所は突破しました。オルド領に入ってからは、馬も人も進めない山をひたすら登らされました」


「コールの関所を抜けて、そこからまたしばらく山を登ったり下りたりしました。あの人山の知識がなかなか豊富で、いろんなことを教えてもらいました」


「それで、とりあえず人里までやってきて、やっと一息つけたわけです。後からリィアの様子を新聞で知って、なんだか変な感じでしたね。僕が死んだことになってるんですから。後は……もう野となれ山となれ、ですね。身元不明の男が二人、適当に流れながら暮らしていました」


 それまですらすらと状況を説明していたフォルスだったが、そこで何を言うか考え始めた。


「でも、どうやって?」


 シェールはその後ティロがとった行動をトライト家の件から何となくの予想を立てていた。


「それは……その……」


 やはりフォルスは口ごもるばかりだった。


「もしかして……金を増やす方法でもあったのか?」

「はい……」


 シェールはようやくティロの「副業」の実態を聞き出せると、ここでフォルスを更に追求することにした。


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