動揺
その日の夜、シェールは即座にフォルスの二本指の説明を余儀なくされた。そして事情を聞いたフォンティーアから、しばらくフォルスの面倒を見ることに専念するよう言い渡された。
「でも俺の仕事が……」
「当面、他の人に変わってもらうわ。それに、あの子の面倒はあなたしか見られないでしょう?」
「だけど……」
「さっきの話を聞いたら、あなたの印象がかなり変わったんだけど」
「うぅ……」
二本指の説明にフォンティーアは呆れ返っていた。
「とにかく、その件についてはあの子の問題を片付けてからじっくり話し合いましょうか」
「じゃあ永遠に片付けなければ……」
「何か言った?」
「いいえ、何でも……」
シェールが顔を反らしたところで、フォンティーアは真面目な顔になった。
「それと、これはお願いなんだけど……出来れば私の前にあの子を出さないで欲しいの」
少し弱気になっているフォンティーアに、シェールは先ほどまでフォルスに威圧的だった面影を見て取れずに困惑した。
「そんなに嫌ですか? 今となってはただの生意気なクソガキですよ」
「ええ、わかってはいるつもり。彼は何も悪いことをしていない。確か、あの上級騎士もそんなことを行っていたのよね。息子には何の罪もないって」
ティロは失踪前、王子たちを何とか助けられないかというようなことをシェールに溢していた。それがフォルスを攫った原因のひとつと考えられたが、何故彼がこのような行為に至ったのかは一切がわからなかった。
「そう言えば、そんなことを言ってましたね」
「だけど……そう簡単に割り切れるものじゃない。あの子の顔、見れば見るほど私の父を追い落とした憎たらしい男の顔に見えて、仕方ないの」
フォンティーアの父、当時のクルサ家の当主を追い込んだダイア・ラコスは既に死去し、その息子のヴァシロ・ラコス・リィアは息子のセイムと共に4年前にフォンティーアの手によって処刑された。シェールは直接ダイア・ラコスの顔を見たことはなかったが、フォンティーアの心情は何となく察することはできた。
「……ごめんなさいね。あなたにこんな話をするつもりはなかったの」
「いえ、羨ましいなと思いまして」
「どうして? こんな浅ましい話なのに?」
「俺はダイア・ラコスに感謝してるくらいなんですよ。同じく父親を殺されているっていうのに、ですよ」
フォンティーアはシェールの身の上を改めて思い出した。オルド国もリィアに占領された際に国王とその実子の王子二名、更に有力氏族が次々と処刑された。シェールは当時国外にいたということと、王の子供であることが徹底的に隠されていたために処刑を免れることが出来ていた。
「……そう言えば、そうだったわね」
父を殺した相手を感謝していると言い切るシェールの境遇を思うと、フォンティーアはいろんなことが情けなくなってきた。しばらく無言の時が流れ、やがて頷きながらシェールが切り出した。
「わかりました、とりあえずあいつの気の済むようにしてやろうと思います。それに、いろんなことがわかるかもしれないので」
「いろんなこと?」
「ええ、例のティロ・キアンの全てのことに対する動機全般がよくわからないんです。放火や誘拐はもちろん、トライト家の事件に関しては何故家族を全員殺さなければならなかったのかが全く理解できない。どんなに憎かろうと、流石にあそこまでしようとは思わないでしょう?」
「それもそうね……一体、何があったのかしら?」
とりあえず二本指の追求からは逃れられたとシェールはこっそり拳を握りしめた。
***
フォンティーアから解放されたシェールがため息をついていると、セラスが廊下に立っていた。
「義兄様……どうして黙ってたんですか?」
セラスは反乱直前に失踪したティロが先に首都に行っているとわかった時、胸をなで下ろした。ところがいざ首都に行ってティロの行方を追うと彼は火災で死亡したということになっていた。これはセラスにとってかなり辛い体験であった。
「どうもこうも……仕方ないじゃないか。このことは本当に一部の者しか知らない最高機密だったんだ。考えてもみろ、第二王子が行方不明だなんて反乱としてはどう考えても成立しないだろう?」
「いや、わかってるんです。でも、それでも……私、ちょっと悲しかったんですよ? あの時悲しんだ私の気持ち返してくださいよ」
セラスもティロの件が伏せられていたことは仕方のないことだとわかっていた。それでも、その事実をずっと身近にいたシェールに伏せられていたことが悔しくて仕方がなかった。
「知らん。お前の気持ちにまで責任は持てないし、もしあいつが生きているならとっ捕まえていくらでも責任取らせてやる。だから俺を責めるな。あいつを責めろ」
心の整理が出来ていないのはシェールも一緒であった。しかし、セラスはそれでも何らかの配慮があればいいと望んでいた。
「……わかりましたよ。じゃあひと言だけ言わせてください」
「ひと言だけだぞ」
「たまには素直に謝ってください」
セラスはそれだけ言うとシェールに背を向けた。
「だから俺のせいじゃないっての……畜生……」
がっかりしているセラスを見送り、シェールはやはり本腰を入れてティロを見つけなければならないのではないかと思い始めていた。
***
その晩、シェールは捨てられずにいたティロの資料を机の奥底から引っ張り出していた。
「結局またこいつの出番だっていうのか……」
他の資料から名前は全て消したが、この資料を捨てると本当に彼が生存した証が何も残らなくなるのではと怖くなり、どうしても捨てることができなかったものだった。
「そして……しばらくこいつと一緒なのか……」
シェールはベッドの上を見つめた。ベッドの上ではフォルスが我が物顔で眠っていた。
「全く、一体何なんだ、畜生……」
シェールは椅子に座ってから少し考え込むと、机の上のランプを床に置いた。そして書き物机の椅子をどかしてその中に潜り込むと、意を決してティロの資料を読み始めた。
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