探求編

 第1話 帰還

キオン・スキロス

 反乱から4年の月日が流れていた。フォンティーアは2年前に執行委員長の座を別の者に譲り、一執行委員として執務に励んでいた。シェールは相変わらずフォンティーアの補佐官としてリィアの復興に携わり、セラスは警備班長から警備小隊長からとして精進していた。当初こそ「剣技が上手な美女がいるぞ」と話題になりたくさんの男がセラスに挑戦したが、セラスの圧倒的な実力の前に大抵の男が敵うわけもなかった。


(はぁ……どこかにいい剣豪は落ちていないかしら)


 シェールとセラスは未だにフォンティーアの屋敷に世話になっていた。補佐官を務めているシェールはともかく、セラスはそろそろ自立を考えている頃でもあった。その日の勤務を終え、新リィア軍本部からフォンティーアの屋敷に帰ろうとセラスは門を潜った。


(でも私の自立って一体どうなればいいんだろう……このまま警備隊で名を上げること? それとも結婚して子供を産むこと? 結婚するならその前に剣豪を捕まえなくちゃ……)


「おねーさん、おねーさん、そこのおねーさん」


 セラスの思考は軽薄な声に止められた。


「……何の用でしょう?」

「おねーさんでしょう? すごく剣が上手で美しいと評判の、セラス・アルゲイオ小隊長」


 セラスの前に、一人の青年が立っていた。年の頃は成人したばかりで、不自然に真っ黒な髪に挑発するような青い瞳を携えていた。


「僕と手合わせしてもらえませんか?」

「嫌です、時間の無駄ですから」


 セラスは青年の前から立ち去ろうとしたが、しつこく青年は後を付いてきた。


「少しだけでいいですから、もしおねーさんをびっくりさせたら、僕の言うこと聞いて貰えませんか?」

「私を驚かせるだって?」


 セラスは挑発に乗っていることはわかっていても、目の前の軽薄な青年を視界から退けたかった。


「その代わり私があなたを叩きのめしたら、二度と目の前に現れないでくださいね」

「いいですよ、それじゃあ始めましょうか。ちょうど剣もあるんですよ、ほら」


 青年はセラスに模擬刀を投げつけると、同時に自身も模擬刀でセラスに襲いかかった。

「ほら、って……いきなりびっくりするじゃないですか!」


 セラスは模擬刀を受け取ると即座に青年の攻撃を防いだ。


「へへ、びっくりしたから言うこと聞いてくれる?」


 青年はセラスの返事を待たず、次々と攻撃を仕掛けてくる。


「そんな話がありますか!」


(全く、リィアの男はみんな馬鹿力で押せばいいと思って……もっと剣技っていうのはこう繊細で、華やかさの中に情熱を感じるような、そんな……あれ?)


 攻撃を受けながら、セラスはある違和感に気がついた。


「待ちなさい、わかった、やめなさい!……話くらい聞いてもいいですよ!」


 セラスが制止すると、青年はようやく模擬刀を降ろした。


「ねえ、びっくりしたでしょう?」

「それよりも……どこでその型を覚えたんですか!?」


 青年の剣技はリィアの典型的な型でも、セラスに馴染みのあるオルドの型でもなかった。


(少なくとも、私はこの型を使う人を一人しか知らない。この子は一体何者なの!?)


「僕のことは後で話しますよ、それよりも言うこと聞いてくれますか?」

「……一体何だって言うんですか?」


 青年は模擬刀を納めると、にやりと笑った。


「ちょっと会いたい人がいるんですよ。フォンティーア・クルサっていう人と、あとシェール・アルフェッカ。あなたが僕に聞きたいことと、僕が彼らに聞きたいことは多分同じだと思うんだけど、どうかな?」


 セラスは逡巡した。この怪しい青年をフォンティーアやシェールにそのまま引き合わせることも気が引けたが、それ以上にこの青年を放置しておいてはいけない気もした。


「わかりました。その代わり、何か怪しい真似をしたら即座に斬りますよ。そして、素性がわからない人がおいそれと面会できる方ではありませんのであなたの名前を教えてください」


 セラスが尋ねると、青年は懐から名刺を取り出した。


「申し遅れました、僕はこういうものです」

「新聞記者、キオン・スキロスですか?」

「ええ、見習いですけどね」


 怪しい青年――キオンは再び軽薄な笑みを浮かべた。


***


 セラスがキオンを連れて屋敷に戻る頃には、すっかり日は落ちていた。


「ところで、さっきの型は何ですか?」

「何だっけ、自分で考えたって言ってましたよ」


 セラスはその言葉に心臓が高鳴った。


(だって、あの人は死んだはずじゃないかったの!? それじゃ、この子はいつあの人から剣を習っていたの?? それとも、今更現れた縁者か何かなの?)


「それよりもさ、おねーさんやっぱり強いね。今度真面目に手合わせしようよ」

「その変な呼び方止めてください。私はセラス・アルゲイオって名前があるんです」


 妙に馴れ馴れしく、人を食ったような態度のキオンにセラスは苛立った。


「じゃあセラスさん。あなたの考えてること当ててみようか?」

「あ、当てられるものなら」

「あの人、もしかして生きている……? そうじゃない?」

「もう、言いたいことがあるならはっきり言えばいいじゃないですか!」

「まあまあ、話ならクルサ家の当主にたっぷりするからさ」


 セラスは屋敷の扉を開けた。運がいいのか悪いのか、ちょうどフォンティーアがそこにいた。


「あら、セラスちゃんお客さんでも来たの?」

「あの、急にあなたに会いたいって人が……」


 キオンはセラスの陰から飛び出すとフォンティーアの前に進み出た。


「やあ、久しぶりだね」


 フォンティーアはキオンを見るなり血相を変えた。


「一体どこで何をしていたの!?」


 急にキオンに怒鳴りつけたフォンティーアを見て、セラスは驚いた。


「あの、フォンティーアさん、こちらは……」

「ええ! わかってるわ! 忘れもしない、一段とあの男に似てきたね! 髪の色を誤魔化したって、見る人が見ればわかるの! 今更一体何の用なの!?」


 まくし立てながらフォンティーアはキオンを覗き込んで、更に続けた。


「一体何をしに戻ってきたの? フォルス・リィア・ラコス!」


 その問いにキオン――元リィア国第二王子フォルス・リィア・ラコスは答えずに黙って笑みを浮かべていた。

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