抹消
ティロがトライト家を抹殺したという結論を聞き、ラディオはティロについて語り始めた。
「ティロは優秀な奴でした。見た目こそおどおどしてどこか自信がなくわざとみっともなく振る舞うようなところがありましたが、任せた仕事はきちんとこなしていたんです。それに剣の腕も誰も敵わない、それこそ親衛隊に入れた方がいいと思うようなものでした。親衛隊と言えば、リードの件も奴の仕業ですよね?」
シェールはどう誤魔化すか悩んだが、その間に沈黙をラディオは肯定と受け取ったようだった。
「やっぱりそうですよね。リードを倒せるとしたら、あいつしか考えられない。ゼノスも同じ結論に達している。それに、もう一人あの夜あいつに斬られたと思われる隊員もいるんです」
初めて聞く話に、フォンティーアの声が震えた。
「その話は聞いていないわ……」
「ええ、我々も火災の死亡者として発表しました。その様子があまりにも不可解だったので、彼が斬られて死んだというのは発見した者と私しか知りません」
「不可解、ですか?」
「彼が倒れていたのは上級騎士の宿舎の裏で、火の手が回っていないところでした。そして彼は……ティロと同室の隊員でした」
ラディオの顔が一層暗くなった。
「もしあいつがザミテスとその子供たち、クラドを殺すというなら不可解ですがまだわからなくもないんです。だけど、何故同室の者や親衛隊まで斬り殺したんですか? それだけがどうしてもわからないんです。倒れるまで針を使って、それが発覚した直後は取り乱していました。泣きながら何度も殺してくれ、俺なんか生きていたって意味がないって騒いで……そんな奴だったんですよ、あいつは」
ラディオは声を詰まらせながら話した。
「そんなに何を思い詰めていたのかしら?」
「それはよくわからない。おそらく上級騎士内の境遇の違いに引け目を感じているのではないかと我々は考えて何かと声はかけていたのだが、どうもあいつは何かに怯えていたとしか思えない。どんな事情があったのか、元々強盗を繰り返して生きてきたらしくて……」
ラディオは書類を取り出した。それはティロの身辺に関することが全て記載されていた。それを覗き込んで、シェールは思わず声を出した。
「あの、この資料は確かなものですよね?」
「そのはずだが、何かおかしな点でも?」
その資料によると、ティロと名乗る少年が捕らえられた場所はビスキ領の小さな街であった。
「確かに、あいつは自分が災禍孤児だとはっきり言っていた。だから俺は火を付けたものだと……」
「あいつが災禍孤児だって? そんな話は聞いたことがない。しかし、災禍を経験しているとなると、放火の動機にはなるか……しかし、いや……」
ラディオはティロが災禍孤児であることを知らなかったようだった。しきりに首を捻り、シェールと資料を見比べていた。
その後ラディオはティロの資料をシェールに預けた。もしティロが帰ってくるようなことがあった場合、彼をよろしく頼むとラディオは帰って行った。
***
ラディオが帰った後、フォンティーアは肝心なことを話さなかったシェールに探りを入れた。
「それで、本当は知ってるんでしょう? 実際の殺害した動機」
「そりゃ知ってますけど……元上司に言うものではないです」
流石にティロが殺されて埋められたという話をしたくなかったし、元同僚が凄惨な殺人を犯したらしいという話も聞きたくないだろうとシェールは考えていた。
「私にも話せないのかしら?」
「どうしても知りたいですか?」
「そうね。そこまで隠されると、気になるわね」
「じゃあ聞いた話だけしますけど……あくまでも聞いた話の又聞きですからね」
第二王子失踪に深く関わる情報として、シェールはライラから聞いたティロのトライト家の復讐の動機についてフォンティーアに概要を話した。
「何それ……それが本当なら、リィア兵が民間人を殺害したってことじゃない。最悪の不祥事よ」
「そうなんですけど、相手が何でしたっけ、フレビス家っていうのがよくなかったみたいですね」
「確かに、フレビス家に上級騎士隊筆頭じゃねえ……それにしてもやることが極悪ね。フレビス家と言えば、さっきの話だと最近の上級騎士隊の筆頭の交代劇にも関わっているって話じゃない、実際に何かあったと考えるのが普通ね」
「そんなに酷かったんですか?」
「ちょっと気にしていたのよ。フレビス家のやり方は気に入らない人物を革命家に仕立てて失脚させるのが定番でね。私の父もそうだった」
フォンティーアは苦々しく呟いた。
「もし元筆頭代理の話が本当なら、私はティロ・キアンと同じ経験をしていることになるわね。彼の気持ちは理解できるわ」
「生き埋めもですか?」
「流石にそれは……経験ないわね」
フォンティーアが冗談を受けて重苦しい雰囲気が少し和らいだところで、この件に関する方針を決めることにした。
「それで、どうします?」
「そうね……あなたはどうしたい?」
シェールは今まで通り「これ以上の追求は面倒である」という方針を変える気はなかった。
「出来れば、これ以上探して罪を暴き立てて裁くよりも放っておいてやりたいですね。どうせリィアには戻ってこれないだろうし、この資料の通りに奴が孤児であるなら、行方をこれ以上知りたい者はいないでしょう」
「同感ね。私も彼らのことは放っておきたい。そのティロ・キアンの言うとおり、私も第二王子を国外まで追いかけて積極的に処刑しようという気はないわ。それにトライト家もリニア・トライトの件があるし、これ以上真相を暴き立てたい気持ちはないと思うの。単純に考えて、真相が外に出る方が彼らにとって不利になる。当事者が死んで大人しくなっていたほうが中途半端な関係者にとっては都合がいいもの」
フォンティーアも同様の意見であった。
「つまり、どうするんですか?」
「この件はここだけにしてもうおしまい。二度と考えない。それだけよ」
フォンティーアは部屋を出て行ってしまった。顔には出ていなかったが、フレビス家の更なる悪行を聞いて苛立っているのをシェールは感じていた。
「だから気分が悪くなるって言ったのに……」
シェールは手元に残されたティロの資料を眺めた。氏名の部分には「不明」と書かれていて、その上から線が引かれて小さく「ティロ・キアン」と訂正された後があった。その部分を見て思わず資料を机に叩きつけた。
(名前がわからないんだって?)
気がつくと机の下から声が聞こえた気がした。冬の夜の凍てつく寒さのような、心を刺す声だった。
「別に、関係ないだろ。俺には関係ない」
(そうかなあ、僕らとってもいい友達になると思うんだけどな)
「関係ないって言ってるだろ!」
シェールが自分に言い聞かせるように言うと、机の下の声は止んだ。
「畜生、思い出すだけで胸糞悪くなる。もう二度と思い出すこともできないようにしてやる」
シェールはティロの資料を自分の執務室の引き出しの奥深くにしまい込んだ。そして反乱の詳細を記した戦記を発刊する際、犠牲者に数えられていたティロの名前をこっそり削除した。ついでに彼が在籍していたとする資料も見つけるだけ見つけて処分した。徹底的にティロ・キアンの痕跡を消したかった。
かつての同僚たちはラディオを除いてティロの死亡を疑っていなかった。更に彼の身の上から、これ以上彼について尋ねてくる者もいなかった。
そうして日々は過ぎて、新リィア政府は着々と新しい国を作っていた。シェールとセラスも忙しさの中で反乱のことを思い出すことも減った。トライト家の失踪騒ぎも時間が経つ中で人々の関心から消えていき、リィアでの新しい日常が刻々と流れていた。
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