殺害の動機

 シェールはラディオがティロを心配していることを知って、ティロがザミテスを殺す動機を持っているというラディオの話を聞くことにした。


「思い当たるものとしては、前筆頭ゼノス・ミルスの失脚だろう。元々ティロは前筆頭がどこかから拾ってきて上級騎士に在籍していた。そのせいかあいつは前筆頭以外には心を開かないばかりか、周囲から遠ざかっていくばかりでいつも一人でした」


 ラディオはゼノスに関する事件の概要を語り出した。


「交代劇の発端は、査察旅行の空白でした。日報や会計記録その他に不自然な空白があったが、ゼノスはその日にフロイアで公開稽古をしたと言い張っている。しかし、当地の記録では公開稽古をした記録は残っていない。このことを突きつけられて、ゼノスはフロイアへ左遷か軍法会議にかけられるかを選択させられた。最終的に、軍を除隊することで全てを不問にすることでこの件を納めていった。そしてその後に筆頭になったのがザミテス、というわけです」


 ゼノスとザミテスの筆頭交代劇を聞いて、フォンティーアは首を傾げた。


「それと、トライト家の件に関係があるのかしら?」

「実は、この査察旅行には行方不明になったザミテス・トライトが同行しているんだ」

「何だって!?」


 思わずシェールは大声を出してしまった。フォンティーアもその事実が何を意味するのかをすぐに理解し、顔をしかめた。


「ああ……ゼノスがそんな背任を働くとは思えない。そうなると、怪しいのはザミテスの方だ。今更こんな話をするのも気が引けるところがあるが、奴は顧問部で首都防衛担当のクラド・フレビスと異様に仲が良いところがあった。あの二人が結託すればこの程度のことは仕組めると考えられる。周囲も思うところはあったと思うが……何分、相手がクラド・フレビスだったので誰もゼノスを助けられなかった」

「フレビス家ね……それなら納得の話だわ」


 フレビス家の名前を出されて、フォンティーアの顔は大きく引きつった。


「その、フレビス家というのはそんなに大変なところだったんですか?」


 シェールはフレビス家と言えば主立った者は今回の反乱で処刑されたと聞いていたが、それ以上のことはよくわかっていなかった。


「大変なんてものじゃない。リィアでは彼らに睨まれたら生きていけないと言われていたわ。かつてのクルサ家がどうなったのかを皆が知っているから」


 ラディオもフォンティーアに首肯する。


「ああ……邪魔者は革命家の汚名を着せて抹殺する。それがフレビス家の伝統らしいな。特にクラドという男はフレビス家の名前を利用してあれこれやりたい放題やっている奴だった。ザミテスも取り立てて悪い男ではなかったが、このクラドと一緒にいるところだけは気になっていた」

「それで、そのクラドはどうなったんですか?」


 フレビス家の一員であれば処刑されているはずだが、万が一生き残っていた場合シェールはクラドからティロの件について詳しい事情を聞かなければならないと思った。


「それが……例の火事の火元は、どうやら奴の執務室らしい」

「何だって!?」


 再びシェールは大声を出してしまった。


「そして、その付近から誰の者ともわからない黒焦げの遺体が見つかった……おそらくクラドだろうと思われる。ちなみに、我々も放火の件の捜査をした。ひとつだけわかったのは出火の少し前、具体的には5日前と6日前に大量のランプの油や着火剤などの燃料が多く購入された痕跡があったということだけだ。しかも領収書の宛名は全てクラド・フレビスとなっていたそうだ」


 その具体的な日付を聞いてシェールとフォンティーアは凍り付いた。それは代表者会議が開かれ、リィアの首都にティロと同行した日付に違いなかった。


「そして、あまり考えたくはないのだが……もしティロがどこかでザミテスとクラドの企みを知って、思い詰めてこんなことを仕出かしたのではと思ったのだが、ここまでのことをする必要があったのかがわからない。ザミテスの一家全員と、悪意のある放火で軍本部を焼き払うほどのことだったのか?」


 ラディオの言うとおり、ティロがクラドとザミテスを恨む気持ちがあることに違いはなさそうだった。しかしそれにしても仕出かしたことが重大過ぎるのではないかと不思議に思うことに無理もなかった。


「その前筆頭も例のトライト家の件に関わっているのかしら?」


 ティロの復讐がゼノスのためのものである場合、ゼノスも何らかの形で関わっているのではないかとフォンティーアは思いついた。


「それはおそらくないだろう。ゼノスならこの前顔を合わせたからな。何でも、除隊した途端にリィア打倒戦線が接触してきたそうだ。このままだと秘密裏に消される恐れがあるから身を隠した方がいいと、彼らの手を借りて反乱後まで大人しくしていたそうだ」

「しかし、何故そんなに都合良く彼らは現れたのかしら?」

「それはゼノスも不思議がっていた。ただ、もし反リィア組織に我々の情報が事前に渡っていたとなれば話は別だ」

「……それであいつか」


 シェールとフォンティーアの脳裏に発起人ライラの顔が思い浮かんだ。ライラの活動時期とゼノスの除隊の時期を比べれば、リィア打倒戦線へ除隊するゼノスの情報を流すことも可能であった。


「元から周囲に馴染まず、ゼノスもかなり苦労していた。もしかすると、あいつが上級騎士になる前から反リィア組織と何らかの関わりがあったのではないかとすれば筋が通る話になるが、あまり考えたくはないな」


 ラディオは話せるだけのことは話したと、シェールを見据えた。


「それで、彼らの行方については教えてもらえないでしょうか?」


 フォンティーアがシェールを見た。あくまでも王子の誘拐については触れないようシェールは慎重に言葉を選ぶ必要があった。


「わかりました。結論から言えば、残念ですけれどおおむね予想通りです。ザミテス・トライトとその娘は奴が殺害したということで間違いないようで、息子の失踪にも深く関与している可能性は高い。ついでに、娘は亡命時に同時に誘拐してきました。かなり個人的な動機だったようで何も教えてはくれなかったのですが、相当強い恨みは抱いていたようでした」


 初めてトライト家についての話を聞いたフォンティーアが息を飲んだ。ラディオはシェールの話に悲しそうな顔をしたが、その結末は予想していたものであると諦めたようだった。


「そしてティロ・キアンは……彼らを殺害した後、行方不明になりました。我々も放火の重要参考人として彼を追跡したのですが、一歩及ばずという結果になりました。その他にもいろいろ事情がありまして……我々は彼を死亡扱いするということに決めました」

「そのいろいろな事情というのは、聞かない方がいいことですよね?」

「そうね、ちょっと、その、いろいろ、ね……」


 フォンティーアが「これ以上の追求は許さない」と暗に圧を出した。


「そうか……やっぱりあいつの死体はなかったんだな……」


 ラディオは大きくため息をついた。その表情には安堵と悲しみが見て取れた。

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