痛み止め
ティロの行方を尋ねてきた元上級騎士隊筆頭代理のラディオからの話で、ティロの長期休暇と称していたところが薬物乱用からの謹慎であったことがわかった。
「元からあいつはおかしかったのですが、特にある時期を境にかなり不安定になっていたんです。更に職務中にいきなり倒れることが増えたので無理矢理医者に診せたところ、左腕にびっしり針の跡がありまして」
深刻な顔になるシェールと対照的に、フォンティーアは不思議そうな顔をしていた。
「針の跡と麻薬に何の関係があるの?」
「痛み止めって普通は医者が治療なんかで使うんですけど、いろいろと裏でよくない使い方をする連中がいるんですよ」
シェールがフォンティーアのために解説をする。
「大体は粉末状で取引されていて、粉末のまま吸い込んで使用することがほとんどですね……でも、中には医療器具を取り寄せて痛み止めを水で溶いて、針で直接身体に入れる輩もいるんです。そのくらいになると……痛み止めなしでは生きられない、薬のためならなんでもするっていう廃人になるんです」
「そうなんだ。私、あまり外に出たことがないから麻薬の使い方まではよく知らなかったよ」
「そもそも針そのものが結構高いんで、普通は手を出さないんですけどね」
シェールの話を聞いて、フォンティーアが眉をひそめる。
「へぇ……君、そういうの詳しいんだね」
「俺は針はやってないですよ」
「じゃあ他のはやってるんだ?」
「そうですね……って、俺の話はいいんですよ。大体、痛み止めなんてその辺の奴はほとんどやってますよ」
急いで話題を切り替えるシェールに、ラディオが続いた。
「確かに、痛み止めの使用自体はそれほど珍しいことではないですね。こちらも軍隊ですから、戦場ではもちろん針も使用するし多少の使用は多めに見ているんですけど、職務中に倒れるほどの節度のない使用は認めていない」
話しながら、ラディオはため息をついた。
「ただでさえあいつは酷い不眠症を患っていて、睡眠薬を常飲しているような奴だった。睡眠薬も要は、小規模の痛み止めだ。奴が針を使っているとわかったとき、悲しいことだが驚きは全くなかった。そういう奴だった」
「そういう奴……そうか、奴の奇妙な金回りも、その辺を使って転がしていたっていうのか……?」
シェールの呟きをラディオは聞き逃さなかった。
「金回りというと、ティロは相当金を持っていたと言うことですか?」
「相当なんてもんじゃないです、かなり羽振りはよかったですね」
シェールはアイルーロス家に置き去りにされてる大金を思い出したが、そのことには触れないことにした。
「実は、薬と金といえばトライト家の件と奇妙な一致がありましてね」
ここでトライト家の話が出てきて、シェールは身構えた。
「ザミテスの妻、リニアが反乱直前に投身自殺を遂げているんですが、どうも痛み止めとは別の過激な薬に手を出していたようなんです」
その話を聞いて、シェールはトライト家に潜入していたライラのことを思い浮かべずにはいられなかった。
「その費用を稼ぐために家の資金を潰して、方々に借金をして金策のために身売りまでしていたという話です。それに、婦人会で新しい孤児院の設立のためにと寄付を募って、その大金もどこかに消えている。私もお会いしたことはありましたが、とてもそんなことをするような方とは見えなかった」
(そうやって稼いだというか巻き上げた金だったのか……)
やはりアイルーロス家の大金については何も語らない方がいいとシェールは心の底にしまうことにした。
「そして二人の子供も前後して失踪している。お嬢さんは侍女とビスキに旅行に出かけると行って、それっきり。息子さんの方は母親が死んだという知らせを聞いた後、ふらりとどこかへ行ったまま。そしてザミテスは帰ってこない。彼らは一体どこへ消えたと思いますか?」
「そのビスキに行った侍女はどこへ?」
発起人ライラがトライト家の侍女だとは知らないフォンティーアがラディオに尋ねた。シェールは何とか平静を装おうとした。
「念のためビスキの滞在先と思われる場所に問い合わせたのだが、お嬢様のレリミア様と侍女と思われるような方は来ていたそうだ。やたらとお嬢様と馴れ馴れしい同行者もいたようだが……」
(一体何やってたんだ、あいつら)
シェールの脳裏にリノンと仲良くしているシャスタを微笑ましく眺めているライラが浮かんだ。
「とにかく、それと前後してティロの姿を見た者がいない。その直後のこの反乱沙汰だ。彼が反乱軍に寝返って、そしてザミテスを殺していたとしても私は不思議でもなんでもないことだと思っている。ただ、何故家族まで害したのかはよくわからない」
シェールは一通りのトライト家の事件の概要を聞いて、まだラディオにティロのことを話すかどうか決断ができなかった。もしザミテスをより心配していた場合はティロを受け入れたシェールに何らかの悪い感情を抱くかも知れないと警戒していたが、その恐れはなさそうだった。しかし、ティロには生き埋め以外にまだ上級騎士時代にザミテスを殺す動機が存在しているらしいことがシェールは引っかかっていた。
「……あなたがティロ・キアンを断罪したいわけではないということはよくわかりました。こちらとしても、できれば彼のことはそっとしておきたい。もし良ければ、あなたが考えている彼がザミテスを殺す動機について教えてもらえませんか?」
(この質問の返答次第で、どこまでを話すか決めよう)
シェールはじっとラディオを見据えた。これからあまりしたくない話を始めるのは、ラディオも同じなのだろうとその表情から伺うことが出来た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます