第4話 上級騎士隊筆頭代理

追求

 フォンティーアの元でシェールが本格的に補佐官として働き始めて三か月が経っていた。セラスもシャイアの元で剣技の腕を磨き、新たな体制の警備隊で目覚ましい活躍を遂げていた。


「シェール君、明日あなたに会いたいって人がいるんだけど」

「えぇ、俺にですか?」


 ここ数日の激務で疲れていたシェールは、明日の休みを楽しみにしていたために一気に嫌そうな顔をした。


「相手は元リィア軍上級騎士隊筆頭代理なんだけど……」


 リィアの上級騎士、と聞いてシェールの顔色が変わった。


「……例の件、ですか?」


 反乱があったのと同時期に上級騎士隊筆頭であったザミテス・トライトが査察旅行から帰ってこないことと、彼の妻がその直前に自殺を遂げたこと、そして二人の子供たちの行方も知れないことでちょっとした騒ぎになっていた。しかし反乱の衝撃がそれを上回り、彼らの消息については世間では有耶無耶になっていた。


「おそらく。あなたの知っていることを教えて欲しいらしいわ」

「……わかりました。いつまでも誤魔化すわけにもいかないですからね」


 シェールは直接ザミテスのことは知らなかった。しかし、ザミテスの消息について大いに関係のある人物についての心当たりは山ほどあった。


「その話なんだけど、私も同席していいかしら?」

「もちろん結構ですよ、ただ……大変面白くない話になりますので、覚悟だけしておいてください」


 シェールはティロの亡命の顛末を詳しくフォンティーアにしたことはなかった。そしてシェール自身もティロと関わったのはティロの亡命から反乱までのわずかな期間で、彼の行動で知っていることもライラからの伝聞がほとんどであった。


 ザミテス・トライトの話をする以上そこは避けて通れない、とシェールは憂鬱な気持ちになった。


***


 翌日、フォンティーアの用意した部屋にやってきた男はラディオ・ストローマと名乗った。元上級騎士隊筆頭代理として、現在の警備隊の組織運営を担っているとのことだった。


「単刀直入にお聞きしたい。元上級騎士隊筆頭ザミテス・トライトとその子供たち、そして上級騎士三等ティロ・キアンの行方について何かご存じではないですか?」


(本当に単刀直入に来たな……)


 ザミテスとトライト家についての話をすることはわかっていたが、最初からティロの話を持ち出してくるとは思わなかった。


「そうですね……その前に、まず何故上級騎士隊筆頭の失踪についてこちらまでやってきたのか、その理由をお尋ねしてもよろしいですか?」


 あまり余計な話はしたくないので、シェールは相手の話を聞いてから返答を考えようと思った。


「ここに来たのは単純な理由です。火災での死亡者にティロの名前がありましたが、私はティロの遺体を確認していません。上級騎士での死亡者の遺体は全部確認したはずなのですが、間違いなくティロのものはありませんでした。それで、フォンティーア殿に誰がティロの名前を加えたのかと問い合わせたのです」

「最初はどうしようかと思ったんだけどね……行方不明になった上級騎士隊筆頭が関わっているとなったら私もしっかり話を聞いた方がいいなって思ってね」


 フォンティーアがシェールに『知っていることを話せ』と暗に促した。

 

「わかりました。それではまず、その上級騎士隊筆頭と三等のヒラ隊員がどういう関係だったのかお聞かせ願いますか?」


(俺の知っていることをそのまま話すわけにはいかないからな……なるべく情報を手に入れて、そこから無難に落とせたら落としておこう)


「あいつらの関係……そうですね。これは私の直感と憶測なのですが、ザミテスはティロに殺されたのではないかと疑っています。そしてティロもこの反乱騒ぎに何らかの関わりがあって、死亡者に計上されたのではというのが私の考えです。ティロがザミテスを殺害する動機は十分にありましたから」


(おかしいな、ライラは確かあの話は誰も知らないって言っていたぞ。もしかしたら例の理由以外にも何か殺害に至るような動機があるのか?)


「その動機を伺ってもよろしいですか?」

「その前に、貴方がティロについて知っていることがあるとフォンティーア殿から説明されているのですが、その辺について明らかにしていただいてもよろしいですか?」


(うぅ……亡命を手伝ったなんて元上司に言いたくないな……)


 ふと「死んだら海に流して欲しい」と言ったティロの顔が頭に浮かんだ。思い詰めたようで、全てから解放されているような不思議な表情だった。


「ひとつだけ、確認したいことがあります。あなたがより知りたいのは、ザミテス・トライトとティロ・キアン。どちらの行方ですか?」


 その問いに、ラディオは深いため息をついた。


「どちらかと言えば……ティロですね。あいつには気の毒なことばかりでしたから」

「気の毒?」

「ええ、謹慎中だというのにどこをふらふらしていたのか全然姿を見なくて。死亡者の中にあいつの名前を見たときにどうしてあの日に限って本部にいたのかと悔しくて仕方なかったんですが、やはりあいつの遺体を見た記憶がないのが引っかかっていたのです」

「ちょっと待ってください、謹慎ですか?」


 ティロは確かに「休暇中」と言っていたのをシェールは覚えていた。


「そうです。謹慎3ヶ月の処分中で、辞職か復職かを話し合おうと思っていたところだったのですが……」

「そんな話聞いてないぞ、確かに長期休暇って」


 思わず口にしたところで、シェールは失言をしたことを後悔した。


「……やはりそうでしたか。あいつは謹慎中に反乱軍にいたわけですね」


 ラディオが気まずそうに告げた。


「すみません。反乱から2ヶ月ほど前から我々の組織に入りたいと打診を受けまして……それよりも、謹慎とは一体何を仕出かしたんですか?」

「ご存じなかったですか? 薬ですよ、主に痛み止めの乱用ですね」


 シェールはティロがどんな不祥事を起こしていても何の不思議もないと思っていたが、ラディオから告げられた罪状に表情を固くした。


「痛み止め……それって麻薬ですか?」


 シェールが何も言えないでいたため、フォンティーアが聞き返した。


「ええ、医者の見立てだと、かなり重度の中毒状態だったと……」


 ラディオの声が暗くなった。シェールはティロに何が起きていたのか知りたいところもあったが、ラディオからの話を聞いてこれ以上彼の事情に踏み込んではいけないのではないかと胸が苦しくなった。

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