失意

 反乱から一ヶ月が過ぎ、何かと慌ただしかった生活が安定してきたところでシェールはライラの部屋を訪れていた。


 三階建ての建物の三階にあるその部屋は家賃の安いアパートで、ライラは暗い顔でシェールを出迎えた。


「そんなに塞ぎ込むな」

「だって、私のやってきたことは無駄だったんだもの」


 ライラはすっかり憔悴していた。シェールが様子を見に行けない間たまにセラスが顔を出して様子を見ていたが、ティロに裏切られた心の傷はなかなか癒えるものではなさそうだった。


「……結局、お前は何がやりたかったんだ?」


 シェールは反乱軍の代表者たちが首を傾げていたことについて再度ライラから聞き取ることにした。


「なんだろう、自分でもよく思い出せないの。途中からは、ただあいつに生きていてほしかった」

「生きてほしかった?」

「あいつはクズでどうしようもない奴だけどさ……自分で死を選ぶなんてあまりにも可哀想なんだもの。その理由が、この前話したトライト家の件で……私なら耐えられない。可哀想とかそういうのを通り越して、もう私が何とかしないとあいつ本当にどこかに行っちゃうそうで、居ても立ってもいられなくなったの」


 ライラはトライト家の復讐の話を始めた。シェールが知る限り、トライト家の件はライラが発起人になった後に始めたことで、やはり発起人になった直接の明確な動機は「可哀想だから」以外に聞けそうになかった。


「そうとは言え……君は人殺しの手伝いをしたんだ、わかっているだろう?」

「わかってる、わかってるつもりよ。だけど、じゃあ、あいつは大人しく殺されてるべきだったの!? それを誰にも言えないで苦しんで一人で死ぬべきだったの!?」

「それとこれとは話が別だ。ザミテス・トライトらが幼い姉弟を埋めたことと、君がトライト家の子供たちを手に掛ける手伝いをしたことは分けて考えなければならない」


 シェールの正論にライラは何も言い返せなくなった。


「……それで、トライト家はどうなったの?」


 都合が悪くなったのか、ライラは話題を変えてきた。


「それが、どうにもなってない。何故か奴ら、彼らが失踪したことを殊更表沙汰にしようとしない。反乱の混乱もあっただろうけど、こそこそと何かを隠しているとしか思えない」

「でしょうね」

「でしょうね、って、君は何か知っているんだろう?」


 ライラはトライト家の遺族が失踪を表沙汰にしない理由を知っているようだった。


「勿論知ってるけどね。あまりにもやることが残酷で、一体何をすればあんなに恨めるのかって今なら私も思う」

「何で教えてくれないんだ?」

「流石にこの件であなたまで巻き込みたくないもの。私から話を聞いたら、あなたも一緒に引き返せないわよ」


 シェールはアイルーロスの家に置き去りにされた大金を思い出し、そしてその出所がなんとなくわかった気がした。


「……そうか、そういうことか」

「興味があるなら、自分で調べてみて。世の中知らない方がいいことはたくさんあるのよ」


 ライラは大金の出所について明言しなかったが、シェールは何らかの方法を使ってトライト家から巻き上げたものであることを察した。


「しかし、あいつが消えた今どうするんだ?」

「黙ってりゃわからないわよ。現に誰も気がついていないし、そもそも私のことすら真剣に誰も探していないでしょう? 戻ってこられても、迷惑なのよ。ここで生きていく人たちは彼らに消えたままでいてほしいの。そして、私も」


 シェールはライラがトライト家に出入りして、レリミアの失踪に大いに関わっているはずなのに彼女の捜索もされていないことも気になっていた。


「まあ、君も彼らもそれでいいというなら、そういうことにしておこう」


 ただでさえティロに関しては第二王子との失踪で面倒くさいことになっている上に、トライト家の失踪にも関わっていることを外に出したくなかった。


「そうよ、だってもう今更何を言ったところであいつは帰ってこないんでしょう?」


 ライラはティロが死亡していると思っていた。ティロの生存は深夜の代表者会議の参加者のみが知る話で、ライラはもちろんシェールはセイフとセラスにも話していなかった。シェールはライラにティロの話をさせて、少しでも気持ちを切り替えてもらおうと話題を変えた。


「……しかし生き埋めか、相当怖かったんだろうな」

「あいつの地下恐怖症、見たでしょう?」

「君の策略のおかげで見せてもらったよ。怯えている子猫でももっと堂々としている」

「そうね……海に流して欲しい、って言ってたわね」

「確かに言っていた」


 ライラはティロについて思い出した話を始めた。


「多分……エディアに帰りたかったんじゃないかしら。私にとっては嫌な思い出しかない街だったけど、あいつにとっては、お姉さんとの大切な思い出のいっぱい詰まった街だったんでしょうから……」


 シェールはライラからティロについて聞いた際からずっと気になっていることを尋ねた。


「そう言えば、そのお姉さんについて何か聞いていないか? その……埋められた場所とか」

「それがね、あいつお姉さんの話は一度しかしてくれなかったの。確かとても美人だったっていうのと、形見をいつも持ってるってくらいかしら」

「そうか……埋められた場所でもわかれば、行って確認くらいはできると思ったんだが、難しそうだな」

「もう16年も昔の話よ……今更何が残っているって言うの」


 シェールはティロの話を全て信じているわけではなかった。ライラからの伝聞であるということもあるし、もしかすれば殺されて埋められた姉というのもトライト家から金を巻き上げるために作り出したティロの作り話ではないかという推測もできた。


「行ってみないとわからないだろう。それに、もし家族がいたなら墓前だろうと報告くらいはしないとな」

「随分律儀なのね」


 ライラに指摘され、シェールは思いの外ティロに入れ込んでいることに気がついた。


「そりゃあ……あんな顔されたら、何かしてやりたいとは思う。他に何か聞いていないか?」


 未だに遺言めいたことを言ったティロの声は忘れられなかった。少なくともリィアの軍本部を焼いて第二王子を連れ去るという暴挙に出た彼が何を抱えていたのかは考えても詮無いことではあったが、心のどこかに引っかかるものを感じていた。


「そうね、今思えば本当に何も話してくれなかった。それ以外は、そうね……何かあったかしら……?」


 ライラは首を傾げた。その後、ティロのことをよく知らなかったことを後悔していると涙を流し始めた。シェールはライラを宥めながら、何故よく知らない男のために発起人なんかになったのかを追求したかったがこれ以上ライラを責めることもできなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る