クライオからの手紙

 さっそく発足した新リィア政府ではひとまずクルサ家が当初の政権を担い、氏族が強くなりすぎるのを防ぐために様々な制度を整えていく方針がフォンティーアの意向により決定された。フォンティーアは新リィア政府の執行委員長となり、早速リィア解放同盟の同志から他の執行委員が決まり、その他の執行委員の選定が始まった。


 とにかく課題は溢れんばかりにあった。リィア軍の解体と軍主導政治の是正、それまでの革命思想の取り締まりの緩和に加えて危険思想を防止するための制度の設立、新たな政治の仕組みを決めるための有識者への聞き取り調査、及び今後の反体制組織の取り締まりなど、数えてもきりがないことをこなしていくしかなかった。


「あの、こき使うって、本当にこき使うんですね……」

「あら、一体何をさせられると思ったの?」


 フォンティーアは涼しい顔でシェールを見た。補佐官としてシェールはフォンティーアの職務上の雑用の管理の一切を任されることになった。予定の管理に書類の発行、各所への連絡から食事の手配まで、やるべきことを目の前にしてシェールはうんざりした顔をした。


「大体ね、新リィア政府においてあなたは重大な機密を知ってるのよ。おいそれとその辺に放逐できるわけないでしょう」

「それは俺の責任じゃないし、第二王子が実は生きているなんて陰謀めいた話誰も信じないですよ」

「こら、そういうこと言わないの。だからあなたをこうやって置いておくんじゃないの。ビスキの彼もそういうことよ」

「なんだよ、結局俺が欲しいんじゃないんじゃないか……」

「何か言った?」

「いえ、別に」


 シェールはとりあえず市民から新政府に大量にフォンティーアに寄せられた嘆願書の選別を始めた。謝辞のみの内容のないもの、悪意ある中傷などを除いて明確に生かせそうな意見を探したが、なかなか見つからなかった。とりあえずその日は別に嘆願書を管理する係が必要であるとシェールがフォンティーアに嘆願することになった。


***


 それから数日後、長い手紙がクライオからフォンティーアの元に届いた。差出人はセリオン・アイルーロスとなっており、セラスが言うにはシェールの後見人であったという話だった。自宅に戻った後、フォンティーアは一人で手紙に目を通した。


「シェール君、ちょっといいかしら……?」


 手紙を全て読んだフォンティーアは目を光らせながらシェールを呼び出した。

「何ですか、何かまずいことしましたか?」

「手紙を読んだのよ、セリオンさんって人から私宛に。あなたのことについて」


 セリオンという名前を聞いて、シェールは動揺した顔を見せた。


「ごめんなさいね、本当にごめんなさいね」

「え、何で俺謝られてるんですか?」


 瞳から堪えきれず涙を流したフォンティーアを前に、シェールは狼狽えた。


「いえ、だって、あなたのことを知ってしまったら……私も父を失ってからずっと監視されて生きてきて、なんて私って不幸なんだろうって思っていたのが馬鹿馬鹿しくなって……本当にあなたに申し訳なくて……」

「そんな勝手に申し訳なく思われても、俺もあなたも自分から何かしたわけじゃないし……ただそういう環境で育ってしまったというだけで……俺はあなたのこと何も恨んでいませんし、でも、世の中の不幸を集めたらなかなか最上位の方にはいける自信はありますよ、そう考えると俺よくここまで生き残ったな……?」


 静かに涙を流し続けるフォンティーアはシェールを見据えて続けた。


「そうよ、だからもっとあなたは自信を持ってほしいの。立派に代表を務めたじゃない、全体を見る調整力、事務的に書類を裁く能力、そして何より言われたことを忠実にこなすところが素晴らしいわ。それがこの数日での私の結論よ」

「そんな、褒めないでくださいよ……俺としては当たり前のことをやってるだけなんですから」

「あなたの当たり前は相当水準が高いみたいね、他の人はそんなに真面目に何でもやらないわよ」

「そうなんですか!?」

「そう。そしてこれはあなた宛の手紙。ここで読んでみる?」


 フォンティーアはシェールに一通の手紙を差し出した。それはセリオンからシェールに宛てたものであった。早速封を破り、シェールは手紙に目を走らせた。



  シェール・アルフェッカ殿


  よかったな、セラス君からの手紙を読んで、無事リィアで居場所を作れそうで安心した。リィア亡き後は全てを捨ててどこかに行ってしまわないか、それだけが心配だったけれどこれでまたお前の顔が見れそうだ。気が向いたら、また顔を見せてくれ。それから、アルフェッカの家にも手紙くらい送っておけ。お前が無事で喜ぶ奴は意外と多いんだ、それを忘れないでリィアでちゃんとやっていくんだぞ。


  セリオン・アイルーロスより



 手紙は簡潔であった。それでもシェールにはセリオンの言いたいことがよく伝わってきた。


「あいつ、ちゃんとオルド抜いてくれた……わかってるんだよな、そういうところ」


 ふとシェールの瞳にも熱いものがこみ上げてきた。


「よかったわね、本当によかったわね!」


 手紙を読んだシェールの反応を見て、何かを会得したのかフォンティーアは更に号泣し始めた。


「そんなに泣かないでくださいよ……俺まで泣きたくなるじゃないですか」

「いいのよ、泣きなさい! あなたは少し泣いた方がいいのよ!」

「勝手に決めつけないでくださいよ、俺の気持ちを、知った風に……」


 おんおん泣くフォンティーアに釣られて、シェールの瞳からも涙が零れる。


「ほら、泣いてるじゃないの! はい、私と一緒に泣きなさい!」

「わかりましたよ! 俺も泣くからもう泣かないでください!」


 フォンティーアに促されてシェールも次から次に涙を零した。それでもフォンティーアのように声をあげて泣くことはなかった。しばらく二人でひとしきり泣くと、大粒の涙を手巾で拭いながらフォンティーアはシェールに書面を渡した。


「あと、これは私からよ」

「これ以上一体何を……」


 涙を拭ってシェールが書面に目を通すと、これからやるべき制度の立案のための識者の選定のための候補一覧が走り書きにされていて、その脇に日時を書く欄があった。それは彼らと面談をする日程をフォンティーアの予定に組み込めという指示書であった。


「できれば明日までに、お願い」


 フォンティーアは涙声でシェールに告げた。


「もう泣いてる暇はないってことですね……」


 急に涙が止まったシェールは、まだ泣いているフォンティーアからの激励だと前向きに捉えることにした。

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