朝食
新生リィアとしての正式な第一日目、フォンティーアは寝床から出ると早朝の空気を一杯に吸い込んだ。
(久々に清々しい気分ね……やっと私のリィアが帰ってきた)
それまで重苦しくのしかかっていた重圧から解放されて、ようやく自分らしい生活を取り戻せたことへの喜びで胸が一杯になっていた。
「おはようございます!」
「え、あ……ああ。おはよう」
身支度を調えたフォンティーアが目にしたのは、異様にきれいになっている食堂と完璧に並べられた朝食、そして昨日自身の補佐に任命してしばらく屋敷に住まわせることになったシェール・アルフェッカであった。
「何これ……ちょっと、あなた何時から起きてるの?」
「昨夜は寝てませんが」
「それで食堂の掃除と食事の支度って……どうして?」
「だって、こき使うって……」
フォンティーアは驚きを顔に出さないよう努めながら、内心で頭を抱えた。そして、何故彼がそのような振る舞いをしているかが結びつかなかった。
(なんなの、この子は!?)
「おはようございます……ああ義兄様、初日からちょっと張り切りすぎですよ?」
セラスが食堂にやってきて、シェールを窘める。
「別に眠れなかったし、これから世話になるんだからこのくらいやってもいいと思って」
「そういうのは余裕が出てからやったほうがいいですよ。フォンティーアさん目が点になってますよ」
「そうか、やりすぎか……」
途端にシェールはがっかりした顔を見せる。
「気を落とさないで。補佐官として挽回すれば大丈夫ですよ」
「そうか、そうかな……」
「でもせっかく作ってくれたんですから、頂きましょうか」
セラスはしょんぼりするシェールを慰める。
「でも調理の人たちとは仲良くなれたよ。あんたどこで習ったんだって褒められた」
「ほら、褒めてくれる人もいるんですから自信を持って」
ぴかぴかになった食堂を眺めているうちに、フォンティーアは妙なことに気がついた。
「あの、シェール君。あなたの分がないじゃないの」
「ああ、先に頂きました。本当は最初だし、朝食をご一緒するのが筋だと思ったんですけど……すみません」
居たたまれなくなったのか、シェールは食堂から立ち去ってしまった。残されたフォンティーアはどうしたものかとセラスを見た。セラスはフォンティーアの考えているだろうことに答えた。
「多分なんですけど、あなたに嫌われないように一生懸命なんだと思います」
「なんで、そんな、たった一日で嫌うわけがないじゃない」
「普通はそう思うんですよね。でも、普通じゃないんです」
「普通じゃない?」
フォンティーアは昨日、シェールをそばに置くならセラスも一緒にしてくれとセイフから頼まれていたのを思い出した。
「どう普通じゃないのかは長くなるので追々お話しますが……私の義姉にあたるあの人の妹のことを思い出すと、そうじゃないかと思いまして」
「妹さんも、あんな感じで?」
「しなくていいのに掃除や繕い物をしたり、必要以上に張り切ったりしてすぐ疲れてました。それでそんなに頑張らなくていいと言っても、力の抜き方がわからなくてどうしていいかわからなくなるみたいですね……この辺は幼い私に母がわかりやすく説明してくれたものなのですけど」
フォンティーアは思った以上に厄介な同居人を招いてしまったのではないかと内心で焦り始めた。反乱軍の代表を務め、更にオルドに帰る帰らないで揉めているところからてっきり周囲に甘えた我が儘男なのだと勝手に思い込んでいた自分も恥じていた。フォンティーアの困惑を感じたのか、セラスはシェールの心証が良くなるようなことを加えた。
「ああ、でも手先は異様に器用なんで裁縫なんかすごく得意ですよ。屋根の修繕とか庭の手入れとかそういうのも上手ですね。この通り料理なんかも任せると一人で手の込んだものずっと作り続けたりしてます。生活力がある、って言うんですかね」
フォンティーアはますます訳がわからなくなった。どうしても反乱軍の代表と裁縫や料理が結びつかなかった。
「あと、義兄様と一緒に食事をするのは難しいと思いますよ。これから仕事で会食なんかあるかもしれないんですけど、それだけを昨日から非常に嫌がっていたのでできれば外してあげてください。人と一緒に食事をするくらいなら外で何時間でも待ってたほうがマシな人なので」
セラスの説明にフォンティーアは混乱する一方だった。
「あの、あなたの義兄さんは一体何者なの……?」
「一言で言えば、名実ともに前オルド国王陛下の隠し子です。そしてフォンティーアさんが思っている以上に打たれ弱いくせに威勢だけは一人前のヘタレです」
フォンティーアが何を言えばいいのか悩んでいる間に、セラスが顔を曇らせながら話し始めた。
「それと、あの……多分もう大体のことは大丈夫だとは思うんですけど、ひとつだけとにかく注意してほしいことがあるんです」
「注意?」
「母親の話だけは、絶対にしないでください」
フォンティーアはセラスの言うことがよくわからなかった。
「母親って、誰のこと?」
「誰でもなく、母親に関する話題全部です。世間一般に母親の愛は偉大だとか、お母さんには優しくするべきだとか、そういう話です」
「そんなの……もしそんな話をしたらどうなるの?」
「下手をしたら二度とフォンティーアさんのことを仲間と認めてくれなくなります。母親って単語を聞くだけでも機嫌が悪くなるので、避けられる場合はなるべく避けた方が無難ですね」
ますますフォンティーアはシェール・アルフェッカという男を理解できなくなった。
「そこまで……どういう風に育ったらそんなことになるの?」
「その辺り、詳しいことは誰もわからないんです」
「わからないって、名実ともに国王の子供なんじゃないの!?」
フォンティーアの頭に疑問符がたくさん見えたことで、セラスはどう説明するか悩んだ。
「そのはずなんですが……今一言だけ申し上げるとするなら、長い間ご兄妹で見捨てられていたんです。その後妹のほうが私の義理の姉になって、あの方が私の義兄となりました。義姉様も最初は会食を非常に嫌がりましたね。いつも一人で、調理場で食べた方が落ち着くって言ってました。私もどうしてそんなことになっているのか、不思議で仕方ありませんでした」
シェールの妹の話をするセラスの顔はどこか悲しげだった。
「昨日のうちにクライオに手紙を出しておきました。あの人の後見人が取扱説明書を必死で書いてくれると思いますよ……とりあえず、食べましょう」
フォンティーアは希望に満ちた新生活に不穏な空気が漂い始めたことが気になってしまった。
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