アルゲイオ家の使命

 シェールがリィアに残留してフォンティーア預かりとなることが決まり、セラスはしみじみと呟いた。


「それにしても、ここで義兄様とはお別れなんですね。いろいろありましたけど、本当にいろいろと……」

「何言ってんだ、お前も残るんだぞセラス」


 セイフがセラスの肩を叩く。


「え、いきなり何を言うんですか!?」

「セラス。正直オルドに戻ったところで、お前はどうするんだ?」


 これからのことを尋ねられ、セラスは大いに空を仰いだ。 


「それは……えーと、剣技を極めてですね……」

「それでどうするんだ? それでお前より強い男の嫁になるのか?」

「そんな将来のこととかどうでもいいじゃないですか!!」


 セラスにもセイフの言いたいことはわかっていた。例え剣技を極めたとしても、この先アルゲイオ家に戻ってどこかの家の嫁になるならないで揉め、更にアルゲイオ家を出た場合、女が剣技などという世間からの視線に晒されながら生きていくのだろうかという不安が常にセラスにつきまとっていた。


「だから俺は考えたんだ。お前、シャイアさんのところで修行しろ」

「え?」


 いきなり突拍子もないことを言い出した兄をセラスはまじまじと見つめた。


「シャイアさん自身エディアで相当厳しく剣技やってきたみたいだし、他の人たちもいろんなところでいろんな修行してきているらしくて、寄せ集めながら実力者ぞろいの集団だ。そんなところにお前を放り込まないわけがないだろう」


 突然リィアに残れと言われ、セラスも心の準備ができていなかった。


「で、でもアルゲイオ家の復興が……母様だって心配するだろうし」

「お前は何の心配もするな。その代わり俺が帰るんだから」

「でもでも! そんな急に言われてもシャイアさんたちだって迷惑になるし!」

「話ならもう通してある。お前の話をしたら大層興味津々だったぞ」


 そしてセイフはロドンに続いてセラスに耳打ちをした。


「それに……まず第一に、アレを一人で残して行って、どうなると思う?」

「う……考えたくもないです」

「決まりだな」


 暗にシェールの監視係の意味合いもあるという兄の発言にセラスは従うしかなかった。


「しかし、私一人で大丈夫でしょうか……? セリオン様はもういないんですよ」

「まあ、何とかなるんじゃないか? 今だってああ見えて構ってもらって嬉しそうだし」


 二人はフォンティーアに何事か食ってかかっているシェールを見た。


「全く、本当に素直じゃないんだから……一言ありがとうございますって言えばいいところなのに……」

「それでも、前に比べれば良くなったんじゃないか?」

「そうですね……いやいや言いながら、あんなに嬉しそうなんですもの」


 端から見れば大変不機嫌に見えるシェールだったが、二人から見れば居場所を提供されて喜んでいるようにも見えた。セイフはロドンをちらっと見て、セラスに言った。


「さて、俺は母さんと合流して父さんたちに報告してくる。お前は引き続き見張りを続ける。いいな?」

「わかりましたよ……でも兄様、さては面倒ごとを押しつけましたね。事前の代表者会議のときも何だかんだと私に護衛を押しつけて……」

「実際面倒くさいじゃないか」

「それはそれは本当に面倒くさいんですよ! こんなときばかり兄貴面しないでください!」


 セラスはセイフにふくれっ面をして見せた。


「そう言ってくれるなよ。アルゲイオ家の使命、だろう?」

「そうですけど……」


 セラスは再びシェールを見た。初めて彼の妹を見たとき、彼女はセラスにも怯えていた。その後初めてシェールに会ったときは、なんて不誠実な男なのかと呆れ返った。その印象が強くてセラスはシェールが苦手であったが、その後改めてセリオンから兄妹の説明を受けて強く胸を打たれたのを思い出した。


「それに、もしリィアに残れるならやらなきゃいけないこともあるし、好都合だ」


 セイフはひとつ思い出したように話し出した。


「そう言えばそうでしたね……ロドンさんは知っているんですか?」

「流石に王妃様が処刑されていないのはオルドの関係者は皆知ってるよ。流石にどこに連れて行かれたのかは皆知らないだろうけど」


 セイフはかつてのオルド王妃が実は処刑されず、人質として極秘にリィア軍に囚われている件についてセラスに託すことにした。


「オルドの駐在軍が身柄を拘束していると思わないし、俺はリィアに連れてこられていると思う。よろしく頼んだぞ」

「それも私が調べるんですか……?」

「もちろん、そのためにシャイアさんに預けるっていうのもあるしな。ロドンさんには王妃様の件は任せたって言っておくよ」

「全く、本当に妹使いが荒いんですから……」


 そう言いながら、セラスはセイフからいくつかのことを託されたことで悪い気はしなかった。


***


 こうしてシェールとセラスはフォンティーアの屋敷に身を寄せて、それぞれのリィアでの職務につくことになった。シェールは当面多忙を極めると思われるフォンティーアの補佐を、セラスはシャイアの元新しく組織される警備隊の一員として迎えられることが決まり、リィアでの新生活が始まろうとしていた。

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